記事監修者:眞鍋 憲正 先生

整形外科クリニックの開業は、相応の資金が必要となる大きなチャレンジです。患者ニーズの高まりを背景にビジネスチャンスは大きい一方で、物件選びや許認可手続き、医療機器の導入、開業資金の調達計画を誤ると、思わぬトラブルや資金ショートに陥るリスクもあります。
この記事では、整形外科開業を検討中の医師に向けて、開業準備の具体的なステップや行政機関への申請手続き、必要資金と調達方法を詳しく解説します。スムーズなクリニック立ち上げと安定した経営のために、まずは全体像を確認してみましょう。
整形外科クリニックの開業の流れ
整形外科の開業は、単に場所を用意して医療機器をそろえれば成り立つものではありません。成功するためには、構想から実現までの各プロセスを丁寧にこなしていく必要があります。
ここからは、整形外科クリニックの開業に至るまでの一般的な流れを詳しく解説します。
①市場分析と診療方針の確立
開業の初期段階で欠かせないのが、開業予定エリアの市場分析です。人口と年齢分布、競合の医療機関の数や重複する診療科などを把握し、地域のニーズに合った治療方針を構築することが重要1)です。
整形外科領域では、高齢化が進んでいる地域であれば変形性膝関節症や骨粗鬆症、ロコモティブシンドロームへの対応が求められますし、学校の多い地域ではスポーツ整形外科のニーズが高まるでしょう。この段階で患者層を明確にし、提供する医療の方向性を定めることが、その後の事業計画やマーケティングにも大きく影響します。
②事業計画の立案
開業予定地域のニーズと自身の診療スタイル、専門分野を踏まえたうえで、次に取り組むべきは事業計画の策定です。初年度から数年間の収支予測を明確にしておくことが、金融機関からの融資獲得や安定した経営につながります。自己資金と借入金のバランスの調整や、万一の経営悪化に備えた資金の確保も重要です1)。
また、この時点でクリニックの診療時間や外来数の見込み、自由診療の取り扱いの有無、ブランディングの方向性など、できる限り詳細に設計しておくとよいでしょう。
③物件探し
次に、クリニックの立地を選定します。アクセスのしやすさや駐車場の有無、周辺の競合クリニックとの距離などを総合的に評価し、条件に合ったテナントや戸建てを探しましょう。
立地は開業後の認知度や集患に大きく影響するため、もっとも慎重に進めるべきフェーズのひとつです。家賃や管理費のほか、クリニックとして使える物件であるかどうかも判断材料になります1)。適切な物件が見つからない場合は、開業予定エリアの不動産会社2)や開業コンサルタントに相談する1)こともひとつの方法です。
④開業資金の調達
物件探しと並行して、必要資金の調達も進めておきましょう。
整形外科はほかの診療科よりも高額な医療機器やリハビリテーション機器が必要となるため、初期投資は平均より高めになります。民間の金融機関の医師向けの開業ローンや日本政策金融公庫・福祉医療機構などからの借り入れ、医師信用組合の融資サービスなどを比較検討して、資金調達を進めましょう。
高額な医療機器については、リース契約を利用して初期投資を抑えることも可能3)です。返済計画と将来的な設備の更新も視野に入れて、融資計画を組み立てましょう。
⑤クリニック設計・着工
物件が決まったら、クリニックの設計に取り掛かりましょう。内装だけでなく、患者導線やスタッフの動線など、機能性と快適性の両立を考えて設計を進めることが重要です。待合室の広さや雰囲気は患者満足度に直結しやすいため、ターゲット層を考慮して決めていきましょう2)。
とくに整形外科クリニックの場合、バリアフリー対応は基本1)です。X線検査室の防護工事やリハビリスペースの確保なども欠かせない3)ため、医療施設の施行実績のある業者に依頼する1)ことをおすすめします。
⑥医療機器・設備の選定
厚生労働省は、「遅くとも2030年には概ねすべての医療機関において必要な患者の医療情報を共有するための電子カルテの導入を目指す」としています4)。そのため、診療科にかかわらず、これからのクリニック開業では電子カルテの導入が必須2)です。
さらに整形外科では、X線やMRI、超音波、リハビリテーション機器など、さまざまな医療機器が必要です。どこまで導入するかは診療方針と患者のニーズによって異なりますが、初期投資が多くなりすぎないよう、慎重に検討すべきです。
なお、すべての医療機器や設備を新品でそろえる必要はありません。リースや中古機器の活用、周辺の病院と連携して一部の検査を依頼するといったことも可能です1)。
⑦スタッフの採用・研修
診療に必要な看護師、医療事務、理学療法士、作業療法士などのスタッフの確保と育成も欠かせません。クリニックの理念や診療方針を共有し、開業前の研修を通じてチームの一体感を醸成しておくことが、スムーズなスタートにつながります。
採用活動は紹介のほか、求人サイトや公共職業安定所(ハローワーク)などを活用できます。求める人物像を明確にしてから募集を開始することで、ミスマッチの低減につながります。とくに新規開業において、クリニックでの勤務経験者は心強い存在となるため、優先的に確保を目指しましょう1)。
また、並行して社会保険労務士に雇用条件や勤務規定などの法的な整備を依頼しておきましょう2)。労働条件や福利厚生はスタッフの離職率に大きく影響するため、早いうちから具体化しておくことをおすすめします。
⑧許認可申請
クリニックの開業には、いくつかの行政機関への届け出を滞りなく済ませる必要があります。整形外科クリニックの開業に必要となる代表的な許認可申請1) 2)について、表でまとめてご紹介します。
申請先 | 許認可申請の種類 |
保健所 | ・診療所開設届・診療用エックス線装置備付届・麻酔管理者・施設者免許申請書・結核予防法指定医療機関申請書・診療所使用許可申請書 |
地方厚生局 | ・保険医療機関指定申請 |
税務署 | ・開業届・青色事業専従者給与に関する届出書・源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書 |
とくに注意すべきは、保健所に提出する「診療所開設届」と地方厚生局に提出する「保険医療機関指定申請」です。診療所開設届は、クリニック開業後10日以内に保健所に提出する必要があります5)。
保険診療を取り扱う場合は、管轄の地方厚生局に保険医療機関指定申請を提出しなければなりません。申請後、地方社会保険医療協議会の部会への諮問が行われる6)ため、受理までに時間がかかることがあります。提出のタイミングによっては保険診療の提供開始が遅れる可能性もあるため、早めの対応を心掛けましょう。
整形外科開業に必要な資金と調達方法

整形外科クリニックの開業にかかる資金は、ほかの診療科よりも高額になりやすく、テナント開業の場合は5,000万~9,000万円が目安2)となります。検査機器やリハビリテーション機器の充実度、土地や建屋の購入の有無、内装のグレード、スタッフ数などによってもかかる資金は変動しますが、やはりX線などの医療機器やリハビリテーション用のスペースの確保など。整形外科特有の設備投資が重くのしかかるのが特徴です。
おもな開業資金の調達方法としては、日本政策金融公庫などの公的融資制度のほか、民間金融機関や医師信用組合などが提供する医師向けの開業ローンなどがあげられます。また、開業資金の一部を自己資金で準備しておくことで、融資審査を有利に進められます3)。
初期費用をできるだけ抑えて開業したい場合には、医療機器のリースや割賦取引なども検討しましょう7)。
整形外科開業で失敗しないためのポイント
開業医として成功を目指すためには、医療技術だけでなく経営者として、いくつかのポイントをおさえておかなければなりません。ここからは整形外科クリニックを成功させるためのヒントをご紹介します。
専門家に依頼する
とくに初めて開業する場合は、外部の専門家の力を適切に活用することが重要です。費用はかかりますが、税理士や公認会計士1)、開業コンサルタント2)などに依頼することで、リスク回避と効率的かつ安定的な運営を目指せるでしょう。
医師会へ入会する
医師会への加入は任意ですが、賠償責任保険や医師年金制度などの保障が受けられるため、入っておいて損はありません。また、健康診断や検診、予防接種などの行政からの受託事業に参加できるため、収益アップも見込めます。
さらに、地域のほかの医師たちとの交流の場を持つことで、情報のアップデートができるほか、地域連携もスムーズになる8)でしょう。
介護事業を見据えた事業計画を立てる
ますます進む高齢化により、整形外科の需要は増えています。同様に需要が増加している分野として、介護事業があります。通所リハビリテーションや訪問リハビリテーションなど、介護事業を視野に入れて開業することで、長期的な経営の安定につながる1)でしょう。
集患に力を入れる
クリニックを開業しても、患者が来なければたちまち経営は行き詰まってしまいます。とくに開業したてのクリニックにとって、集患は成功のための重要なカギです。
集患には、オンラインのホームページやSNSの整備、オフラインの広告戦略まで含めた総合的なマーケティングが不可欠です。開業前から地域住民への情報発信を積極的に行いましょう2)。
開業はゴールではなくスタート――安定した経営のために
医師の人生において、開業はひとつの節目となるでしょう。しかし、それは決してゴールではなく、持続可能な経営体制を築いていくための出発点にすぎません。安定したクリニック運営を実現するためには、診療の質を維持しながら、経営状況を定期的に見直し、スタッフの育成と職場環境の整備にも注力することが求められます。
地域のニーズに耳を傾け、適切な医療を提供し続けることで、「かかりつけ医」として地域に根差したクリニックへと成長していけるでしょう。
【医師からのコメント】
整形外科開業は、高額な設備投資や人件費、物件取得費など初期費用が数千万円規模になるため、資金計画が成否を分ける重要ポイントです。診療圏調査や物件選定、医療法人設立、保健所・厚労省への届出などの手続きを事前に整理し、専門家の支援を得てリスクを低減しましょう。
また、患者ニーズに応じたサービス提供やスタッフ教育、KPI(重要業績評価指標)の設定も不可欠です。さらに、地域医療機関との連携やICTの活用による診療効率化を視野に入れることで、持続可能な運営が可能になります。本記事の開業ステップと注意点を参考に、慎重かつ戦略的に準備を進めてください。
【参考】
1)日本シグマックス株式会社 SIGMAX MEDICAL 整形外科クリニックの開業手順とは?準備期間と成功のポイント
2)RX Japan株式会社 メディカルジャパン 【クリニック開業の流れ12ステップ】 期間、資金、後悔しないポイントまでまとめて解説
3)株式会社マネーフォワード Money Forward クラウド会社設立 整形外科を開業するには?必要な許認可や開業の流れを解説
4)厚生労働省 第7回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム 資料2 電子処方箋・電子カルテの目標設定等について
5)東京都 保健医療局 診療所・歯科診療所の開設等
6)厚生労働省 関東信越厚生局 保険医療機関・保険薬局の指定申請手続きの流れ及び添付書類等
7)株式会社DONUTS CLIUS クリニック開業マガジン 医療機器のリース・割賦どちらがいいか?
8)ウィーメックス株式会社 Medicom Park 開業医は医師会に入るべき?メリットとデメリットを詳しく解説
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