記事監修者:眞鍋 憲正 先生
肩関節疾患では痛みや可動域の制限の他、日常生活に支障をきたすことがあります。本記事では代表的な肩関節疾患のリハビリテーションについて詳しく紹介します。
なぜリハビリテーションが必要なのか?
肩関節に限らず、病気や障害の治療にリハビリテーションは欠かせません。
リハビリテーションと聞くと、病気の後遺症を改善するための訓練を思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし、リハビリテーションの役割はそれだけではないのです。
人間の体は動かさないと、筋肉が衰えたり、関節が硬くなったりと、すぐに機能の低下が生じてしまいます。早期から適切なリハビリテーションを行うと、身体機能の低下や障害の発生を予防できます。もしも障害が残ってしまったとしても、最小限に留められるのです。
また、リハビリテーションには、社会性の回復や精神的な問題への対応も含まれます。病気や障害による心身機能の衰えを全人的にケアし、QOL(Quality of life;生活の質)を高めていくことこそがリハビリテーションの役割なのです1)。
肩関節の代表的な疾患とリハビリテーション
ここからは、肩関節の代表的な疾患とそのリハビリテーションについて、詳しく解説します。
肩こり
肩こりの原因は、筋肉の疲労や血行の悪さです。症状としては、首から肩にかけての張りや痛みがほとんどですが、頭痛や不眠、眼精疲労などを伴う場合もあります。
なお、他の病気が肩こりを引き起こしているケースもあります。そのため、他の肩関節の疾患や、全身性の疾患ではないことを確認したうえで、リハビリテーションのプランが立てられます。
肩こりのリハビリテーションとして代表的なものは次の通りです。
- 姿勢の改善
- 机・椅子などの作業環境の改善
- 肩周りの筋力強化
- ストレッチ
- マッサージ
- 可動域訓練
- 温熱・低周波などの物理療法
- 筋弛緩剤やNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)の投与
- 湿布薬などの外用薬の処方
上記のほか、家でできる肩こり予防のための体操や、生活指導などが行われることもあります2) 3)。
肩関節周囲炎(五十肩)
肩関節を構成する骨や軟骨、靭帯、腱などの老化により、肩関節の周囲組織に炎症が起き、肩に痛みが生じる病気です。肩関節まわりの痛みのほか、腕を上げたり、肩を後ろに回せなかったりと運動制限が起きます。適切な治療を行わないと、関節の動きが硬くなる拘縮肩や凍結肩(英語名:frozen shoulder)という状態にまで悪化してしまうことも4)。
肩関節周囲炎は症状によって「急性期」「慢性期」「回復期」に分けられ、それぞれの時期に適切なリハビリテーションを行う必要があります。
①安静時に痛みがある時期(急性期)
急性期は、非常に痛みが強い時期です。安静にしていても、炎症による痛みが続くことも。肩関節の動きも制限されています。
急性期では、痛みを取り除くための治療を主体とし、理学療法士による肩関節のアイシング(冷却)や痛みの増強のない範囲での関節可動域訓練・筋力訓練が行われます。肩の緊張を取り、上腕骨頭が正しい位置をとれるようにして痛みの軽減を図ります2) 5) 6)。
②動かした時や動かした後に痛みが生じる時期(慢性期)
関節可動域訓練などの運動療法をメインに、姿勢の悪さや肩関節に負荷をかける癖などの改善を目的とした生活指導などを行います。慢性期からはホットパックや入浴などの温熱療法も取り入れられることがあります2) 5) 6)。
③痛みはほぼないが、肩の動きが悪い時期(回復期)
痛み自体は改善しているものの、可動域の制限や日常生活に支障をきたしている場合は、リハビリテーションが行われます。関節可動域訓練や筋力訓練などがメインです2) 5) 6)。再発予防のために、普段から肩を大きく動かす運動を取り入れるよう指導されるケースもあります。
肩関節周囲炎や拘縮肩では、まず3か月を目安にリハビリテーションを行います。3か月リハビリテーションを続けても症状が改善しない場合は、ブロック注射や関節鏡下での手術が検討されます7)。なお術後も、症状に応じたリハビリテーションが行われます。
関節リウマチ
関節リウマチの特徴的な症状は、手や足の指の関節の左右対称の腫れや、朝のこわばりなどです。しかし、悪化すると肩関節をはじめ、膝関節や股関節など、大きな関節も破壊され始めます8)。そのため、早期の薬物治療とリハビリテーションの開始が重要です。
関節リウマチに対しては、筋力増強や関節の修復・保護、関節可動域の維持、失った機能の代償を目的として、物理療法や作業療法、装具療法などを組み合わせてリハビリテーションを行います。とくに、関節が固まるのを予防する「リウマチ体操」が有名です9) 10)。
肩関節のリハビリテーションの種類
ここからは、肩関節に対して行われるリハビリテーションの種類について、詳しく説明します。
運動療法
関節可動域訓練や筋力訓練などをまとめて、「運動療法」と言います。
患者さま自身が主体的に行う体操をイメージされる方が多いかもしれませんが、理学療法士が患者さまの体に直接触れて行うものもあります。理学療法士が実施する手技を「徒手療法」と分けて呼ぶことも。徒手療法には、関節の動きを改善する関節モビライゼーションやストレッチ、マッサージなどがあります11)。
高齢化社会が進む近年では、パワーリハビリテーション(パワーリハ)も導入され始めました。パワーリハビリテーションは、普段使っていない筋肉を動かすことを目的に、軽負荷でマシントレーニングを行うものです。高齢者の身体機能改善や体力強化、心理的問題の改善による行動変容が期待されています12)。関節リウマチのリハビリテーションとしても取り入れられています10)。
物理療法
鎮痛や機能改善、組織再生を目的として、物理エネルギーを人体に与えるものです。超音波や電気のほか、温める(温熱)・冷やす(寒冷)・引っ張る(牽引)なども物理療法の範囲に含まれます11)。
生活指導
生活習慣や無意識の癖などが原因で、肩関節に症状が現れている場合は、改善のための生活指導も行われます13)。痛みや障害が残ってしまった場合は、なるべく痛みが出ない方法など、生活の質を落とさないためのポイントを伝えるケースも6)。また、肩関節周囲炎や拘縮肩の患者さまには、再発予防のために普段から肩を動かすよう行動変容を促すこともあります7)。
肩関節のリハビリテーションの期間
リハビリテーションの期間は、肩関節疾患の種類や症状の程度により異なります。しかし、医療保険を使用してリハビリテーションを受けられるのは、診断日または手術日から150日間と定められています。なお、受傷後180日以内の外傷性肩関節腱板損傷など、リハビリテーション継続により改善が医学的に期待できるケースなどではこの限りではありません。
標準的算定日数である150日を超えてもリハビリテーションを続けたい場合は、介護保険制度を利用できる可能性があります。ただし、年齢によって介護保険を利用できるかどうかの判断基準は異なります14)。
40歳未満の場合
介護保険は利用できません。医療保険の標準的算定日数を超えてもリハビリテーションを続ける場合は、全額自己負担となります。ただし、自費でのリハビリテーションには自由度が高く、患者さまの目的に応じて柔軟に対応できるというメリットがあります15)。
40歳以上65歳未満(第2号被保険者)の場合
加齢に伴って生じる16種類の特定疾病の場合にのみ、介護保険が利用できます。対象となる特定疾病は次の通りです16)。
- 末期がん
- 関節リウマチ
- 筋萎縮性側索硬化症
- 後縦靭帯骨化症
- 骨折を伴う骨粗鬆症
- 初老期における認知症
- 進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症及びパーキンソン病
- 脊髄小脳変性症
- 脊柱管狭窄症
- 早老症
- 多系統萎縮症
- 糖尿病性神経障害、糖尿病性腎症及び糖尿病性網膜症
- 脳血管疾患
- 閉塞性動脈硬化症
- 慢性閉塞性肺疾患
- 両側の膝関節又は股関節に著しい変形を伴う変形性関節症
上記の特定疾病以外で要支援・要介護認定を受けた場合は、介護保険は利用できません。しかし、障害者福祉制度など他の制度を利用できる可能性があります。お近くの市区町村の窓口や地域包括支援センターに問い合わせてみましょう17)。
65歳以上(第1号被保険者)の場合
65歳以上で、日常生活に何らかの支障を来たしている場合、原因にかかわらず介護保険を利用できます。ただし、要支援・要介護認定を受けていることが条件です18)。
要介護認定の流れ
65歳の誕生月に、市区町村より介護保険被保険者証が交付されます。65歳未満の場合は、健康保険の保険証で手続きが可能です。
役所や地域包括センターで申請書と介護保険被保険者証または健康保険被保険者証を提出すると、認定調査が行われ、だいたい30日ほどで結果が通知されます。
要支援・要介護認定を受けると、介護保険でリハビリテーションを受けられるようになります14)。
肩関節疾患は早期からのリハビリテーションが重要!
肩関節疾患は、早期発見・早期治療が大切です。治療と同時にリハビリテーションを行うことで、痛みや障害を最小限に留めることができます。
肩関節の疾患により、行うべきリハビリテーションの種類は異なります。医師や理学療法士、作業療法士の指導のもと、適切なリハビリテーションを積極的に行って、肩関節疾患の改善を図りましょう。
医師からのコメント
肩関節は非常に複雑な構造を持ち、その機能に影響を与える疾患は多岐にわたります。早期のリハビリテーションは、痛みや炎症の軽減だけでなく、関節の可動域の回復、筋力の強化、姿勢の改善などを促進します。
特に、肩関節疾患による機能障害は、日常生活や活動に大きな影響を与えることがあります。そのため、早い段階で適切なリハビリテーションを開始することは、患者の生活の質を向上させるうえで極めて重要です。物理療法、体操療法、筋力トレーニング、ストレッチング、関節の可動域向上のための運動などが一般的に行われます。
リハビリテーションのプログラムは、個々の疾患や患者の状況に合わせてカスタマイズされるべきです。
【参考】
1) 慶応義塾大学病院 医療・健康情報サイト KOMPAS リハビリテーションの役割
2) 日本リハビリテーション医学会誌 2016年 53巻 12号 8.肩関節疾患のリハビリテーション
3) 医療法人 松風会 江藤病院 肩こり|リハビリテーション通信
4) 公益社団法人 日本整形外科学会 症状・病気をしらべる 「五十肩(肩関節周囲炎)」
5) 医療法人社団 順和会 京都下鴨病院 肩関節疾患リハビリテーション
6) 池田整形外科 ①肩関節周囲炎・拘縮(いわゆる五十肩)のリハビリテーション
7) 一宮西病院 健康のつボ! 肩の痛みについて 第7回 拘縮肩の積極的な治療法
8) 公益社団法人 日本整形外科学会 症状・病気をしらべる 「関節リウマチ」
9) あゆみ製薬株式会社 関節リウマチのリハビリテーション
10) 公益財団法人 日本リウマチ財団 リウマチ情報センター 関節リウマチの治療 – リハビリテーション
11) 医療法人社団 幸希会 北戸田ナノ整形外科クリニック リハビリテーションの内容
12) 一般社団法人 日本自立支援介護・パワーリハ学会 パワーリハビリテーションとは
13) 洛和会ヘルスケアシステム 丸太町リハビリテーションクリニック 肩関節リハビリテーション
14) 医療法人社団高志館 レイクタウン整形外科病院 リハビリテーション科:リハビリを続けたい方へ
15) 高島整形外科 自費リハビリ
16) 厚生労働省 特定疾病の選定基準の考え方
17) 医療法人社団高志館 レイクタウン整形外科病院 リハビリテーション科:40~64歳の方でリハビリを続けたい方へ
18) 医療法人社団高志館 レイクタウン整形外科病院 リハビリテーション科:65歳以上の方でリハビリを続けたい方へ
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