記事監修者:眞鍋 憲正 先生
階段をうまく降りられなくなったとき、それが病気によるものなのか不安になる方も多いのではないでしょうか。階段をうまく降りられない背景には、筋力の低下や心因性の問題など、さまざまな原因が考えられます。
この記事では、階段をうまく降りられなくなる原因や関連する病気、対処法についてご紹介します。症状の原因を理解し適切な対策を知ることで、階段の登り降りの改善につながるでしょう。
階段をうまく降りられない原因とは?
階段をうまく降りられなくなる原因には、さまざまなものが考えられます。ここでは、おもな原因について解説します。
筋力の低下
階段をうまく降りられない原因の1つに、筋力の低下が考えられます。加齢や運動不足などによって下半身の筋力が低下すると、階段の昇り降りに支障をきたすことがあります1)。
階段を降りるには、片足で体重を支えつつ、もう一方の足を下ろす動作の繰り返しが必要です。下半身の筋肉が衰えると、安定して階段を降りるのが難しくなります。さらにふらつきのリスクが高まり、階段を降りる際の不安感や恐怖心の増加につながるでしょう。
病気による問題
病気によって階段をうまく降りられなくなる可能性もあります。とくに、膝や股関節の病気は階段昇降に大きな影響を与えるでしょう。膝や股関節の病気は、下半身の筋力や可動域などの機能を低下させるので、階段の登り降りが困難となります。また、階段昇降だけでなく日常生活全般に悪影響をおよぼしてしまいます。
心理的な問題
階段をうまく降りられない原因には、心理的な問題も大きく関わっています1)。詳細は後述しますが、心理的な要因による階段の降りにくさの代表例として、「階段イップス」があります。そのほかにも、以下のような恐怖症も階段昇降に悪影響を与える可能性があるでしょう。
- 高所恐怖症
- 閉所恐怖症
- 暗所恐怖症
たとえば、高所恐怖症の方が高層階の階段を使用する際に、強い不安を感じる場合があります。閉所恐怖症の方であれば、狭い階段で息苦しさを感じてうまく降りられなくなることもあります。このような心理的な問題は、本人が気づきにくいケースも多いといえるでしょう。階段の降り難さが続く場合は、身体的な問題だけでなく心理的な側面からも原因を探ることが重要です。
筋力低下によって階段をうまく降りられない場合
ここでは、筋力低下によって階段をうまく降りられない原因について、さらに深掘りしていきましょう。
ロコモティブシンドローム
筋力低下による原因の1つに、ロコモティブシンドローム(以下:ロコモ)があげられます。ロコモとは、骨や筋肉などの運動器の機能が低下し、日常生活の動作に支障をきたしている状態のことです。おもな原因としては、以下があげられます。
- 運動不足
- 肥満
- ケガによる機能低下
- 病気による機能低下
- 身体の不調の放置
日本では、40〜70歳でロコモの方は約700万人もいるとされています2)。
サルコペニア
サルコペニアとは、加齢にともなって筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下している状態のことです3)。サルコペニアになると下半身の筋力が弱くなり、階段の昇降が困難になる場合があります。サルコペニアの特徴として、歩行速度や握力の低下などがあげられます。
サルコペニアの進行速度には個人差があり、その方の生活習慣によって大きく左右されるでしょう。加齢によって階段の登り降りが急に大変に感じられる場合は、サルコペニアが大きく進行している可能性があります。
フレイル
フレイルとは、加齢や病気などによって心身の機能が低下し、要介護になるリスクが高まった状態のことです。フレイルになると、以下のような症状が現れるとともに、階段の昇降に困難を感じるようになります。
- 筋力の低下
- 歩行速度の低下
- 疲れやすさ
フレイルの特徴として、身体的な機能低下だけでなく、認知機能の低下や社会的な孤立なども含まれます。高齢者のフレイルの割合はおよそ1割程度とされていますが、予備軍も含めると約5割以上もいるという報告もあります4)。階段の昇降に不安を感じ始めた方は、フレイルの可能性を考慮し、生活習慣の見直しをすることが重要です。
病気によって階段をうまく降りられない場合
ここでは、病気によって階段をうまく降りられない場合について、さらに深掘りしていきましょう。関係性の高い病気について詳しく解説します。
変形性膝関節症
変形性膝関節症とは、膝の関節表面についている軟骨がすり減ることで起こる病気です。初期症状としては、膝を動かしたときの痛みがあげられます。この痛みは膝関節に体重がかかり、すり減った軟骨同士がこすれ合うことで起こります。そのほかのおもな症状は、以下のとおりです。
- 膝の筋力低下
- 膝の動かしにくさ
- 膝を動かすときの引っ掛かり
これらの症状によって、階段の登り降りが困難となるケースがあります。変形性膝関節症のおもな原因は、以下のとおりです5)。
- 加齢
- 肥満
- 過度の運動
これらの原因によって関節に負担がかかり、軟骨が徐々にすり減ってしまいます。
変形性股関節症
変形性股関節症とは、股関節の軟骨が擦り減ることで起こり、痛みや可動域の低下を引き起こす病気です。変形性股関節症のおもな症状は、以下のとおりです6)。
- 股関節や太ももの付け根の痛み
- 股関節の可動域の制限
- 筋力の低下
- 左右の脚長差(足の長さの違い)
症状が進行すると股関節の痛みが強くなり、持続痛や夜間痛によって辛い思いをする場合もあります。変形性股関節症の原因は、加齢や遺伝的要因だけでなく、先天性のものなども関係しています。
関節リウマチ
関節リウマチとは、免疫システムの異常によって関節に炎症が起こる自己免疫疾患の一種です。関節リウマチを発症すると関節が少しずつ壊れ、さまざまな症状が現れます。おもな症状は以下のとおりです。
- 関節の痛みや腫れ
- 朝のこわばり
- 疲労感や倦怠感
症状は左右対称で現れることが多く、手足の小さな関節からはじまることがほとんどとされています。そこから膝や股関節などの大きい関節に症状が広がり、日常生活に悪影響をおよぼすのです。関節リウマチの明確な原因はわかっていませんが、遺伝的や環境的な要因が関係していると考えられています7)。
階段をうまく降りられなくなる「イップス」とは?
心理的な問題で階段をうまく降りられなくなる原因として、「階段イップス」が考えられます。ここでは、階段イップスとはどのような状態なのか、詳しく解説します。
心理的な問題による運動障害のこと
階段イップスとは、心理的な問題が原因で起こる運動障害の一種です。階段イップスは、医学的には「ジストニア」と呼ばれる神経学的な運動障害に分類されることがあります8)。ジストニアは、特定の動作をする際に筋肉がうまく働かなくなる症状で、階段イップスもこの1つとして考えられています。
具体的な症状として、それまで普通にできていた階段の昇降が、突然うまくできなくなることです。階段イップスは身体的な問題ではなく、心理的な要因が関わっているとされています。そのため、一般的な治療では改善が難しいとされています。
階段イップスの原因
階段イップスの正確な原因は、完全に解明されているわけではありませんが、いくつかの要因が関係していると考えられています9)。まず、過去のトラウマ体験が原因となるケースがあります。例として、階段で転んでケガをしたり他人に押されて怖い思いをしたりする経験です。これらが無意識に恐怖心を植え付け、階段イップスを引き起こす可能性があります。
また「絶対に転んではいけない」といった強迫的な考えが、かえって身体の動きを硬くして、スムーズな動作を妨げることもあるでしょう。このように、階段イップスはさまざまな要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
階段をうまく降りられない場合の対処法
階段をうまく降りられなくなったときに、どのような対処をすべきなのでしょうか。ここでは具体的な対処法について、詳しく解説します。
手すりを設置する
最初の効果的な対処法として、手すりの設置があげられます。手すりの使用は身体のバランスをとりやすくなり、安全に階段の昇り降りができるのがメリットです。また、手すりによって膝や股関節への負担を軽減できるため、関節の痛みがある方にとっても有効な対策といえるでしょう。階段をうまく降りられず、かつ手すりがない環境の方は、ぜひ設置を検討してみてください。
運動習慣をつける
筋力低下によって階段をうまく降りられない場合、運動習慣をつけることも1つの手段です10)。定期的な運動は筋力やバランス能力を向上させ、階段の昇り降りをスムーズにする効果が期待できます。さらに、運動はダイエット効果や病気予防につながるので、いつまでも健康でいるための重要な取り組みといえるでしょう。
運動をはじめる際は、無理のない範囲から徐々に強度を上げていくことが大切です。階段の昇り降りだけでなく、日常生活全般の動作を改善するためにも、ぜひ継続的な運動習慣をつけてみてください。
問題に対して適切な治療をする
病気や心理的な問題によって階段をうまく降りられない場合、医療機関へ受診して適切な治療を受けることが重要です。どのような治療を行うのかは、原因によって大きく異なります。たとえば、変形性膝関節症であれば運動や鎮痛剤などの保存療法を行い、必要に応じて手術を行うケースもあります5)。
階段イップスの場合は、心理療法をはじめとした心理的なアプローチが必要になることもあるでしょう。適切な治療を受けるためには、症状や生活への影響を具体的に伝え、医師とよく相談することが大切です。
階段をうまく降りられない病気の原因を特定しよう
階段をうまく降りられない原因は、筋力低下や病気、心理的問題など多岐にわたります。ロコモティブシンドロームや変形性膝関節症といった身体的な問題だけでなく、階段イップスのような心理的な要因も考えられます。階段をうまく降りられない状態が続く場合は、まずは医療機関を受診し、適切な診断を受けることが大切です。原因が特定できれば、それぞれに適した対処法を選択できます。階段の昇降に不安を感じている方は、自身の状態を見直しつつ、必要に応じて専門家に相談してみましょう。
医師からのコメント
階段をうまく降りられない原因にはこの記事にあるように身体的には、筋力低下、関節の問題、加えて神経系の障害などがよく考えられます。主な病気として、変形性膝関節症や変形性股関節症が挙げられます。これらは関節の摩耗や損傷によって痛みや不安定さが生じ、階段の昇降が困難になります。
また、パーキンソン病や脳卒中などの中枢性の神経疾患やギランバレー症候群やシャルコーマリートュース病といった末梢神経疾患でも、バランス感覚や筋力の低下、動作の制限が生じることがあります。対処法としては、筋力強化やバランス訓練、理学療法、薬物療法などが考えられます。また、杖や手すりを活用することや、適切な靴を履くことも重要です。これらの症状がある場合は早期に専門医の診断を受けることが推奨されます。
【参考】
1)「階段昇降バランスの診るべき視点」萬井 太規 理学療法学 第49巻 第1号 83〜91(2022年)
2)「ロコモティブシンドロームと歩行」遠山 晴一 国際交通安全学会誌 Vol.47 No.1 2022年 6月
3)厚生労働省|サルコぺニア e-ヘルスネット
4)国立長寿医療研究センター|フレイルに気をつけて
5)順天堂医院|変形性膝関節症
6)慶應義塾大学病院|変形性股関節症
7)兵庫医科大学病院|関節リウマチ
8)国立精神・神経医療研究センター|ジストニア
9)「スポーツにおけるイップスのアセスメント・症状・対処 柄木田 健太、田中 美吏ら スポーツ心理学研究 2022年 第49巻 第1号 5〜19
10)日本サルコペニア・フレイル学会|フレイルとは
記事監修者情報