記事監修者:眞鍋 憲正 先生
肘を伸ばすと痛みを感じるようになり、日常生活やスポーツに支障をきたしている方もいるのではないでしょうか。肘の痛みにはさまざまな原因が考えられ、症状の正確な把握と適切な対処が重要です。
この記事では、肘を伸ばしたときの痛みの原因や考えられる病気、おもな治療法についてご紹介します。肘の痛みの原因を把握することで、適切な対処法を見つける手がかりになるでしょう。
肘関節の構造について
まずは肘関節の構造について詳しくみていきましょう。肘関節は上腕と前腕をつなぐ関節であり、以下の3つの骨で構成されています。
- 上腕骨
- 尺骨(しゃっこつ:前腕の骨)
- 橈骨(とうこつ:前腕の骨)
肘は厳密にはさまざまな関節で構成されており、上腕骨と尺骨でできている「腕尺(わんしゃく)関節」が代表的です1)。腕尺関節は、おもな動きである肘の屈伸に関わっています。そして肘関節の安定性を保つために、複数の靭帯がついています。肘関節の動きに関係している筋肉の代表例は、以下のとおりです。
- 上腕二頭筋(肘を曲げる作用)
- 上腕三頭筋(肘を伸ばす作用)
これらの組織が正常に機能することで、肘関節を安全かつスムーズに動かせます。しかし、骨や靱帯などの組織になんらかの不具合が生じると、肘を伸ばす際に痛みが出てしまいます。
肘を伸ばすと痛いときに疑うべき病気
肘を伸ばす際に痛みが続く場合、なにかしらの病気を発症している可能性があります。ここでは、疑うべき肘の病気についてご紹介します。
変形性肘関節症
変形性肘関節症とは、肘の関節面についている軟骨が徐々にすり減り、骨と骨がこすれ合う病気のことです。関節軟骨には、肘の動きをスムーズにする役割があります。しかし、摩耗するとその機能がうまく働かなくなり、肘の痛みや可動域制限などの症状が現れます。
症状が進行すると、肘の動きが途中で引っかかり、動かなくなる「ロッキング」という現象も現れるのも特徴です2)。変形性肘関節症のおもな原因は、以下のとおりです。
- 肘関節の使いすぎ
- 外傷
- 加齢による組織の衰え
このように、加齢によって起こりうる病気ですが、若い方でも激しいスポーツや重労働によって発症するケースも少なくありません。
テニス肘(上腕骨外側上顆炎)
テニス肘とは、肘の外側(親指側)に痛みが現れる病気で、正式名称は「上腕骨外側上顆炎」です。手や腕に繰り返し負担をかけることで発症します。名前のとおり、テニスが原因となることもありますが、それだけではありません。以下のようなケースでも発症する可能性があります。
- ゴルフやバドミントンなどのスポーツ
- 手や腕を繰り返し使う仕事
- 家事
テニス肘のおもな症状は、肘の外側から前腕にかけての痛みです。とくに重いものを持ち上げたり、腕を捻ったりする動作が困難となりやすいです。また、30〜50代の方に多く発症するとされています3)。普段から手首や腕を使う機会が多い方、ラケットを使用するスポーツを行う方は注意が必要です。
ゴルフ肘(上腕骨内側上顆炎)
ゴルフ肘は、テニス肘とは反対に肘の内側(小指側)に痛みが現れる病気で、正式名称は「上腕骨内側上顆炎」です。名前のとおりゴルフによって発症することもあり、そのほかにも以下のようなきっかけで起こるケースもあります4)。
- テニスやバドミントンなどのスポーツ
- 加齢による組織の衰え
- 手や腕を繰り返し使う仕事
ゴルフ肘のおもな症状は、肘の内側から前腕にかけての痛みです。肘を伸ばして行う動作や、タオルを絞る動作などで痛みが強く現れやすくなります。また、肘の内側には「尺骨神経」と呼ばれる神経が走っているため、手のしびれをともなうことも少なくありません。肘を伸ばしたときに内側に痛みが現れる場合は、ゴルフ肘の可能性があります。
野球肘
野球肘とは、ボールを投げる動作の繰り返しによって肘関節に過度な負担がかかることで発症する病気です。野球肘には、おもに以下の3つのタイプがあります5)。
- 内側型
- 外側型
- 後方型
内側型は肘の内側に、外側型は外側に痛みが出ます。そして後方型は、肘の後ろに痛みが現れるタイプです。野球肘のおもな症状は肘の痛みで、尺骨神経が障害されるとしびれや感覚障害をともなうこともあります。ボールの投げすぎによって発症するため、成長期の子どもや若い野球選手に起こりやすい病気といえます。
尺骨神経麻痺
尺骨神経麻痺とは、肘の内側を通る尺骨神経が圧迫されたり障害を受けたりすることで起こる障害です。尺骨神経麻痺になると、以下のような症状が現れます。
- 小指と薬指の感覚障害
- 指の筋肉の萎縮
- 手や腕の痛み
- 手や腕のしびれ
症状が進行すると、小指と薬指の筋肉がさらに萎縮して、「かぎ爪変形」と呼ばれる指が曲がった状態になることもあります6)。尺骨神経麻痺の原因はさまざまで、おもに以下のとおりです。
- 肘の骨折や脱臼などの外傷
- 肘部管での神経の圧迫
- 加齢による骨の変形
- 野球などのスポーツによる過度のストレス
先ほど解説したように、ゴルフ肘や野球肘でも起こる可能性があります。
肘部管症候群
肘部管症候群とは、肘の内側にある尺骨神経の通り道である「肘部管」になんらかの問題が生じることで起こる病気です。肘部管の問題によって尺骨神経が圧迫、伸張されることでさまざまな症状が現れます7)。症状は先ほど解説した尺骨神経麻痺と同様であり、肘部管症候群はその原因の1つといえるでしょう。おもな原因は、以下による肘部管の障害です。
- 加齢による骨の変形
- スポーツによる肘のストレス
- 骨折をはじめとした外傷による肘の変形
肘の問題によって尺骨神経麻痺の症状が現れている場合、肘部管症候群を疑う必要があります。
関節リウマチ
関節リウマチは、細菌やウイルスから身体を守る免疫系の異常によって、関節に炎症が起こる自己免疫疾患です。この病気は肘だけでなく、手や足の関節などのさまざまな部位に影響をおよぼす可能性があります。関節リウマチのおもな症状は、以下のとおりです。
- 関節の痛み
- 関節の腫れ
- 朝のこわばり
- 関節の熱感
左右対称に複数の関節に症状が現れやすく、手足の指の関節から発症することがほとんどとされています。関節リウマチの原因は完全にはわかっていませんが、遺伝的な要因と以下のような環境要因が複雑に絡み合っていると考えられています8)。
- 喫煙
- 感染症
- 出産
好発年齢は30〜50歳代で、割合としては男性よりも女性に多いとされるのも特徴です。
肘の病気に対する治療
肘の病気を発症した場合、どのような治療が行われるのでしょうか。ここでは、おもな治療法について解説します。
保存療法
肘の病気を発症した際、多くのケースで保存療法が選択されます。保存療法とは、手術を行わずに症状の改善を目指す治療法のことです。具体的には、以下のような治療が行われます3)。
- 安静
- 運動療法
- 薬物療法
- 装具療法
病気によっては、これらの保存療法を組み合わせることで、症状の改善が期待できるケースもあります。ただし、保存療法は対症療法の側面があるので、実施しても効果がみられない場合もあるでしょう。その際は、手術療法を検討する必要があります。
手術療法
肘を伸ばすときの痛みが保存療法で改善しない場合、手術療法が選択肢となることもあります。どのような手術が行われるのかは、病気の種類や重症度によって大きく異なります。たとえば、肘部管症候群であれば肘部管の周囲の組織を切除し、尺骨神経の圧迫解消を図るケースもあるでしょう7)。関節リウマチによって肘関節の破壊が進行しているのであれば、人工関節(人工物でできた関節)に切り替える場合もあります。
手術療法では根本的な問題を解消できるため、保存療法よりも効果が期待しやすいメリットがあります。一方で、侵襲的な治療なので、感染をはじめとしたリスクもともなうでしょう。手術が必要となった場合は、医師と相談して慎重に判断することが重要です。
再生医療
肘の病気に対する新しい治療法として、再生医療も注目されています。再生医療とは、患者さん自身の細胞や組織を利用して、損傷した部位の再生を促進する治療法です。代表的な再生医療の1つとして、PRP(多血小板血漿)療法があげられます。
PRP療法とは、本人の血液から「血小板」と呼ばれる再生を促す組織を抽出、活用する治療法です。PRPを患部に注射することで、組織の修復や炎症の緩和が期待できます。この治療法の対象は、以下のとおりです9)。
- テニス肘
- ゴルフ肘
- 野球肘
- 変形性肘関節症(軽度)
再生医療は手術に比べて侵襲が少なく、副作用が出にくいのが特徴です。ただし、幅広い病気に対応しているわけではなく、効果の個人差が大きい側面もあります。
肘を伸ばす際に痛みが出たら原因の把握をしよう
肘を伸ばす際に痛みを感じる原因には、変形性肘関節症やテニス肘など、さまざまな病気が考えられます。症状や痛みの場所によって疑われる病気が異なるため、適切な治療を行うには正確な診断を受けることが重要です。治療法としてまずは保存療法が行われることが多く、症状が改善しない場合は手術療法や再生医療なども選択肢となります。早期発見・治療が症状の改善につながるので、肘を伸ばす際の痛みが続く場合は、ためらわずに医師に相談してみましょう。
医師からのコメント
医療機関を受診すべき基準としては、以下のような症状のときが挙げられます。まず、痛みが数週間以上続いたり、悪化する場合です。これは慢性的な疾患や炎症が疑われるため、早期診断が必要です。また、日常生活やスポーツ活動に支障をきたすほどの痛みがある場合も、適切な治療を受けるべきです。
さらに、手や腕にしびれや感覚異常、筋力低下が生じる場合は、神経の圧迫や損傷の可能性があり、迅速な対応が求められます。腫れ、熱感、発赤がある場合は感染や急性炎症を疑うべきです。夜間や安静時に痛みが続く場合も受診を検討してください。これらの症状がある場合、早期に医療機関を訪れることが重要です。
【参考】
1)「肘関節のバイオメカニクス」岡 久仁洋 Jpn J Rehabil Med Vol.53 No.10(2016)
2)日本整形外科学会|変形性肘関節症
3)東邦大学|テニス肘
4)慶應義塾大学病院|テニス肘、ゴルフ肘
5)慶應義塾大学病院|野球肘
6)日本整形外科学会|尺骨神経麻痺
7)兵庫医科大学病院|肘部管(ちゅうぶかん)症候群
8)慶應義塾大学病院|関節リウマチ(rheumatoid arthritis: RA)
9)北里病院|再生医療(PRP療法・APS療法)
記事監修者情報