記事監修者:松繁 治 先生
広範囲の腱板断裂の受傷後に肩の痛みが強くなっている場合、変形性肩関節症を発症している可能性があります。これを「広範囲腱板断裂性関節症」と呼びます。広範囲腱板断裂性関節症になると、腱板断裂だけでなく変形性肩関節症の症状も現れ、日常生活に支障をきたす恐れがあるでしょう。
この記事では広範囲腱板断裂性関節症の症状や治療方法などについてご紹介します。広範囲腱板断裂性関節症の特徴を知ることで、適切な治療を行うきっかけになります。
肩の「広範囲腱板断裂性関節症」とは?
広範囲腱板断裂性関節症とは、広範囲の腱板断裂がきっかけで起こる「変形性肩関節症」のことです。
詳細は後述しますが、腱板断裂と変形性肩関節症の特徴は以下のとおりです。
- 腱板断裂:肩関節をサポートする腱板(筋肉の腱の集まり)が断裂した状態のこと
- 変形性肩関節症:肩関節が変形した状態のこと
広範囲腱板断裂性関節症は、腱板断裂の長期間の放置がきっかけで発症するとされています。傷ついた腱板が萎縮することで肩関節が不安定となり、徐々に変形が生じてしまうのです。その結果、変形性肩関節症を併発し、さらに肩の痛みや動きが悪くなります1)。
広範囲腱板断裂とは?
広範囲腱板断裂性関節症のきっかけとなる広範囲腱板断裂とは、どのような疾患なのでしょうか。ここでは腱板の役割や、広範囲腱板断裂について詳しく解説します。
腱板は肩関節を支えている筋腱のこと
まず、肩関節を支えている腱板についておさえておきましょう。腱板とは、肩関節についている筋肉の腱の集まりです。
腱板は、以下の4つの筋肉で構成されています2)。
- 肩甲下筋(けんこうかきん)
- 棘上筋(きょくじょうきん)
- 棘下筋(きょくかきん)
- 小円筋(しょうえんきん)
肩関節は可動範囲が広い分、他の関節に比べると安定性に欠ける面があります。その不安定さを補うために、腱板が肩関節を支えているのです。この腱板がなんらかの原因で切れると、腱板断裂となります。広範囲腱板断裂になる基準は「断裂部分の前後径が5cm以上」とされており、重症度が高い状態といえます3)。
腱板断裂の症状と原因
腱板断裂の代表的な症状が、肩を動かすときの痛みです。肩の動きが制限されることは少なく、多くの方が腕を上げられるとされています。しかし、腕を上げるときに力が入りにくい、痛みがともなうなどの症状が現れることもあります。
腱板断裂は外傷によって発症する割合が半数ほどで、その他ははっきりとした原因がわかっていません。加齢によって腱板が衰え、自覚のないまま自然に断裂することもあります。また、腱板断裂は40歳以上の男性に発症しやすく、利き手の割合が多い右肩に好発するとされています4)。
変形性肩関節症とは?
広範囲腱板断裂性関節症は、変形性肩関節症の症状をともないます。ここでは、変形性肩関節症について詳しく解説します。
肩関節の軟骨が変形している状態のこと
変形性肩関節症とは、なんらかの原因によって肩関節の軟骨が変形している状態のことです。肩関節は、肩甲骨と上腕骨頭(上腕骨の上部)から構成されている関節です。関節を作っている骨には、衝撃をやわらげ、動きをスムーズにするための役割がある軟骨がついています。この軟骨が変形すると、肩がスムーズに動かしにくくなるのです。
肩関節は股関節や膝関節とは異なり、体重がかかりにくい部位です。そのため、肩の変形性関節症の発症頻度は比較的少ないとされています。ただし、肩関節は動かせる範囲が他の関節よりも広いため、変形が進むと症状が重くなる傾向にあります5)。
変形性肩関節症の症状と原因
変形性肩関節症のおもな症状は、以下のとおりです。
- 肩の痛み
- 運動制限
- 肩の腫れ
症状が進行すると、日常生活に大きな支障をきたすこともあるでしょう。変形性肩関節症の原因は、大きく「一次性(原因不明のもの)」と「二次性(原因がわかっているもの)」の2種類に分かれます。一次性の変形性肩関節症は、膝関節や股関節などの体重がかかっている関節と比べると、発症頻度は少ないとされています5)。腱板断裂にともなう変形性肩関節症は二次性です。
その他にも、二次性には以下のような原因があげられます。
- 上腕骨骨頭壊死
- 関節リウマチ
- 上腕骨近位端骨折
広範囲腱板断裂性関節症の治療方法
広範囲腱板断裂性関節症で行われる治療には、以下の方法があります。
- 保存療法
- 手術療法
- 再生医療
ここではそれぞれの治療方法について解説します。
保存療法
保存療法は、手術以外の治療で痛みの改善・悪化予防を図る方法です。治療を開始する際は、まず保存療法からはじめるケースが多いです5)。
保存療法では、以下のような治療法が行われます。
- 薬物療法
- 運動療法(リハビリ)
- 装具療法
- 動作指導
保存療法のなかでは、痛みの軽減を図るために鎮痛剤や湿布剤などの薬物療法が中心に行われます。症状によって強い痛みがある場合は、関節内にヒアルロン酸やステロイド注射をすることもあるでしょう。
保存療法は、断裂した腱板や変形した関節が治る治療方法ではありません。そのため、保存療法を行っても痛みをコントロールできず、日常生活に支障をきたしている場合は手術を検討する必要があります。
手術療法
広範囲腱板断裂性関節症に対して行われる手術方法は、状況によって変わります。ここでは代表的な手術方法について解説します。
腱板修復術
腱板修復術とは、断裂した腱板を骨につなげる手術方法です。人工骨のアンカーを骨に固定し、縫合糸も活用しながら腱板をつなげていきます。
ただし、腱板の断裂が広範囲、または症状が進行している場合は腱板修復術の実施が困難となる可能性が高くなります1)。腱板修復術での治療が難しい方に対しては、後述する「人工肩関節置換術」の手術が主流です。
人工肩関節置換術
人工肩関節置換術とは、肩甲骨と上腕骨頭を人工物にする手術方法です。肩関節が人工物に置き換わるので、関節による問題の解消につながります。
人工関節手術のなかには、「リバース人工肩関節置換術」という方法もあります。リバース人工肩関節置換術とは、肩関節を作っている肩甲骨と上腕骨頭の形状が逆になっているのが大きな特徴です。リバース人工肩関節置換術には腱板がない状態でも関節が安定しやすく、腕を上げやすいメリットがあります6)。
また、肩甲骨側の関節に大きな変形がない場合は、上腕骨頭のみを人工物に入れ替える「人工骨頭置換術」が行われるケースもあります。
再生医療
再生医療とは、人が持っている治癒力を活用した治療方法です。人の身体には組織を修復したり、炎症をおさえたりする働きのある細胞・有効成分が存在しています。再生医療では、そのような細胞・有効成分を抽出して患部に注入することで、組織の再生を図ります。
再生医療のなかで代表的な治療方法が、「多血小板血漿(PRP)療法」です。PRP療法は、血液中の組織を修復する効果のある物質を取り出し、患部の関節内に注入する方法です。PRP療法は、変形性関節症にも治療効果が示されているという報告があります7)。
ただし、再生医療はすべての疾患に対して適応しているわけではないので、状況にあわせて適切な治療法を選択することが大切です。
広範囲腱板断裂性関節症の術後のリハビリ内容
広範囲腱板断裂性関節症の手術後は、安静を優先しつつ、無理のない範囲でリハビリを進めていくことが大切です。ここでは、術後で行われるリハビリの内容について解説します。
筋力トレーニング
痛みの具合をみながら、少しずつ肩を動かして筋肉を鍛えるトレーニングを行います。手術後初期の段階では、理学療法士や作業療法士などのリハビリ専門職のサポートで肩を動かします3)。自力での運動を行うタイミングは、一定期間経過して痛みが落ち着くようになった時期です。
筋力トレーニングでは、おもに腱板を含めたインナーマッスル(深い位置にある筋肉)を鍛えて、安定して関節を動かせるようにします。リバース型人工肩関節置換術を行った場合は、腱板の代わりに肩を上げる働きのある「三角筋」を中心にトレーニングすることもあります6)。
可動域訓練
肩の動きが悪くならないように、可動域訓練も並行して行うことが大切です。手術後に痛みや安静状態が続くと、筋肉が緊張して可動域制限をきたす恐れがあります。可動域制限が起きないように、痛みのない範囲で肩を動かします。
可動域訓練も筋力トレーニングと同じように、手術直後はサポートを受けながら肩を動かしていく時期です。そして痛みが落ち着いているタイミングで、自分の力で肩を動かします3)。
このように、肩を動かすことは筋力トレーニングと可動域訓練の両方の役割があるといえます。
広範囲腱板断裂性関節症の手術後の注意点
広範囲腱板断裂性関節症の手術後の注意点は、以下のとおりです。
- 再断裂
- 人工関節への負担
- 感染
腱板を修復した手術を行った場合、再断裂に注意する必要があります。広範囲腱板断裂の場合、再断裂の確率が約40%といわれています3)。そのため、術後のリハビリはもちろん、退院後も腱板に負担をかけすぎないように心がけましょう。肩関節を人工物に入れ替えた場合、耐久面の問題上、肩に強い衝撃をかけないように気をつける必要があります。
また、手術の合併症として傷から細菌が入る「感染」のリスクがあります。感染すると治療が遅れるだけでなく、再手術となるケースもあるでしょう。傷の腫れや赤みが続いたり、傷から滲み出しが出るなどの異常がある場合は、早期に手術を受けた医療機関へ受診することが大切です。
肩の広範囲腱板断裂性関節症の症状や原因をおさえておこう
広範囲腱板断裂性関節症は、腱板断裂にともなって発症する変形性肩関節症のことです。腱板断裂と変形性肩関節症の症状が現れるため、進行すると日常生活に支障をきたす恐れがあります。広範囲腱板断裂性関節症を治療するには、保存療法や手術療法、再生医療などがあげられます。症状にあわせて、適切な治療方法を選択することが大切です。今回の記事を参考にして、肩の広範囲腱板断裂性関節症の症状や原因、対応などについておさえておきましょう。
医師からのコメント
肩の広範囲腱板断裂性関節症の手術方法を選択する際のポイントと注意点を説明します。一般的には体への負担が少ないのは、関節鏡下腱板修復術になるのですが、再断裂が多かったり、術後のリハビリでも肩の動きの制限が多いなどのデメリットもあります。そのため以前と比べると、人工肩関節置換術を選択されることも徐々に増えてきています。特に「リバース人工肩関節置換術」は比較的新しい治療法で注目されています。術後比較的早期から良好な肩関節可動域が得られる反面、脱臼などのリスクも伴うため適応は慎重に検討されています。70歳以上で肩の自動挙上が90度以下のケースで選択されることが多いようです。
肩専門の医師がいる病院は意外と少なく、施設によってはこれらの手術がそもそも行えないこともあります。主治医とよく相談し、場合によっては専門病院への紹介やセカンドオピニオンなども検討してみてもいいでしょう。
【参考】
1)聖路加国際病院|肩腱板断裂の診断と治療
https://hospital.luke.ac.jp/guide/32_orthopedics/shoulder_cuff_tear.html
2)兵庫医科大学病院|腱板断裂
https://www.hosp.hyo-med.ac.jp/disease_guide/detail/104
3)霞ヶ浦医療センター|腱板断裂(けんばんだんれつ)
https://www.hosp.hyo-med.ac.jp/disease_guide/detail/104
4)日本整形外科学会「肩腱板断裂」
https://www.hosp.hyo-med.ac.jp/disease_guide/detail/104
5)慶應義塾大学病院|変形性肩関節症
https://www.hosp.hyo-med.ac.jp/disease_guide/detail/104
6)中国労災病院|人工肩関節置換術
https://www.chugokuh.johas.go.jp/kansetsu/shoulder_joint/
7)東京女子医科大学|関節再生医療|人工関節
https://www.twmu.ac.jp/TWMU/Medicine/RinshoKouza/061/jointregeneration.html
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