記事監修者:眞鍋 憲正 先生
膝関節は起居や歩行、階段昇降などの日常生活に欠かせない重要な関節です。本記事では近年増加している膝関節の人工関節置換術とその適応疾患、リスクについて詳しく解説します。
膝関節の人工関節置換術
人工関節置換術とは、摩耗などで傷んだ関節表面を人工物に置き換える手術です。
膝関節の人工関節置換術では、人工膝関節の部品の厚みの分だけ傷んだ関節表面を削って面取りし、人工関節を設置します。傷んだ部分が置き換わるため、痛みを取り除く効果が期待できます。
術式や使用する素材などによっても異なりますが、従来は10~15年といわれていた人工膝関節の耐用年数も、現在では20年以上に引き上げられています。また、激しくなければ運動も可能です。ただし、マラソンやジャンプを伴う競技など、膝関節にかかる負荷の大きいスポーツはできる限り避けることをおすすめします1)。
人工膝関節置換術の対象となる疾患
人工膝関節置換術の適応となる主な疾患は、次の3つです。
- 変形性膝関節症
- 大腿骨内顆骨壊死(膝特発性骨壊死)
- 関節リウマチ
このような疾患が原因で膝の軟骨や骨がすり減っていると、保存的治療で痛みが改善しない場合があります。そのほか、膝の骨や靭帯の欠損、変形や可動域の制限がある場合も、人工関節置換術の対象となります1)。
なお一般的に、6ヶ月以上保存的治療を続けても改善が見られない場合に、人工膝関節置換術を含む手術療法が検討されます2)。
変形性膝関節症
加齢により膝軟骨がすり減って変形し、激しい痛みを生じる病気です。中高年の膝の痛みの原因として最も多いものとされています。筋力の衰えや肥満、O脚・X脚などがかかわっているものを「一次性」、過去のものを含む外傷や関節リウマチに続発したものを「二次性」と分けて呼ぶこともあります3)。
症状が軽度の場合は、痛み止めの内服薬や外用薬、膝関節内へのヒアルロン酸注射、リハビリテーション、温熱療法などの保存的治療を行います。保存的治療で改善が見られない場合は、人工膝関節置換術を含む手術が検討されます4)。
変形性膝関節症に対する手術療法
人工膝関節置換術の原因疾患の中で、最も大きな割合を占めているのが変形性膝関節症です5)。膝関節症に対する手術は「関節鏡視下手術(デブリドマン手術)」「高位脛骨骨切り術(HTO手術)」「人工膝関節置換術」に大きく分けられます。
関節鏡視下手術とは、6mmほどの小さな切開口を2~3ヶ所開け、内視鏡を挿入して行う手術です。傷んだ組織の除去を目的として行われることが多く、軽度の変形膝関節症が適応となります。ほかの手術に比べて侵襲性や費用が低く、早ければ術後2~3日で退院できることも。ただし、対症療法のため、再発のリスクがあります。
高位脛骨骨切り術は、変形性膝関節症中等度以上の患者さまに対して行われる手術です。脛骨の傾きを金属プレートで固定し、O脚やX脚などの脚の歪みを矯正して結構な軟骨部分に重心を調整します。膝関節自体に行う手術ではないため、膝関節を温存でき、術後の膝の曲がりにもさほど影響を与えません。人工膝関節置換術とは異なり、入れ替えの必要もないため、比較的若い患者さまも受けられます。術後、骨がくっついた後は運動の制限もありません。ただし、骨がくっつくまでには時間がかかり、術後から退院後まで長期的にリハビリテーションを続けなければなりません。
人工膝関節置換術は、膝関節の傷んだ部分を削って形を整え、人工的に作られた関節をはめ込む治療法です。痛みの原因を根本から取り除くことができるため、軽度~重症の患者さままで適応となります。ただし、全身麻酔を使った手術が必要となるため、高齢の場合や感染リスクが高い場合には向きません。また人工関節の耐久年数は15~20年ほどといわれており、再置換の手術が必要な点もデメリットといえるでしょう1) 2)。
大腿骨内顆骨壊死(膝特発性骨壊死)
50歳以上に好発し、とくに60歳以上の女性に多く見られる病気です。歩いているときに膝に急な激痛が起こって自覚するパターンが多く、変形性膝関節症に合併することもあります。
大腿骨顆部の骨髄周りは血流が乏しいことや、中高年以降の軽微な骨折の連続が原因として挙げられていますが、未だ明らかな原因特定には至っていません。ただし、ステロイドの連用がリスクとなっていることは知られています。
骨壊死の範囲が小さい場合は保存的治療が推奨されます。進行具合や患者さまの年齢によっては、人工膝関節置換術を含む手術を検討する場合があります6)。
関節リウマチ
関節内の滑膜の異常増殖により、関節内に慢性の炎症を起こす疾患です。朝の指のこわばりなど小さな関節での症状が特徴的ですが、全身性の病気のため、膝関節に痛みが生じることも。また、進行すると関節の破壊や機能障害を起こすおそれもあります。
治療は、抗リウマチ剤と非ステロイド性消炎鎮痛剤による薬物療法がメインですが、同時にリハビリテーションや理学療法も行われます。関節破壊が進むと、人工膝関節置換術を含む手術が必要になる場合もあります7)。
人工膝関節置換術の種類
人工膝関節置換術には、大きく分けて全置換術と部分置換術の2種類があります。代表的な人工膝関節置換術について、それぞれ詳しく解説します。
人工膝関節全置換術(TKA)
軟骨や骨の摩耗がかなり進んでいる場合に選択される手術です。適応範囲が広いため、人工膝関節手術の9割程度はこの全置換術といわれています。人工関節置換術の中でも普及しているため、多くの病院で受けられます。
特殊合金製の大腿骨部品と脛骨部品、特殊プラスチック製の人工軟骨「ポリエチレンインサート」、膝蓋骨部品から成ります。
痛みの軽減と耐久性に優れている一方で、部分置換術や高位脛骨骨切り術と比べて術後の膝の曲がりが悪くなったというデメリットが挙げられます1)。
単顆置換術(UKA)
膝の内側、または外側のみに病変が限られており、かつ靭帯やそのほかの部分が健常である場合に選択される手術です。
骨を削る量や筋肉や腱の石灰範囲が少ないため、全置換術よりも体への負担が少なく、術後の膝の曲がりが良いことがメリットです。ただし、小さな部品で体重を支えるため、耐久年数は全置換術よりも短くなります。また、手術しなかった部分が悪化して将来的に追加手術が必要になるケースも。全置換術よりも件数が少ないため、受けられる病院も限られています1)。
膝蓋大腿関節置換術(PFA)
病変が膝蓋大腿関節のみに限られている場合に選択される手術です。正常部分の温存に優れています。長所と短所は前述した単顆置換術とさほど変わりません。
なお、膝蓋大腿関節以外の膝の部位にも病変がある場合は、全置換術が選択されます1)。
人工膝関節置換術のリスク
人工膝関節置換術は、全身麻酔を用いて行う手術です。そのため、下記のようなリスクが伴います。
- 出血
- 感染症
- 血栓症・塞栓症
- 神経・血管損傷
また、人工膝関節置換術に特徴的なリスクとして、「脱臼・骨折」「人工関節のゆるみ」が挙げられます。
人工膝関節置換術によって痛みがなくなると、歩行能力や活動性が高まります。しかし、下肢の筋力が低下したままだと、転倒して人工関節周囲や膝蓋骨の骨折・脱臼を起こすケースがあるのです。転倒防止のために、術後は適度な運動や杖などの装具の使用を続けましょう。
人工関節を長期間使用していると、金属部品と骨との間にゆるみが生じることがあります。このゆるみは膝の痛みの原因となり、悪化すると歩けなくなってしまうことも。再手術が必要になってしまうケースもあるため、術後は膝関節に大きな負担のかかる作業や運動などは避けましょう8)。
人工膝関節置換術を含む手術療法は、いずれも侵襲性の高いものです。現在、保存的治療と手術療法の間に、膝軟骨を再生させたり、痛みを軽減させたりする再生療法を選択できる医療機関もあります。自由診療のため費用は高額となりますが、ひとつの選択肢としてご検討ください。
膝関節の痛みが改善しないなら人工関節も検討しよう
人工膝関節置換術は、傷んだ膝関節を人工物で代替し、痛みの解消を目指す治療法です。ただし、この手術は全身麻酔が必要であり、リスクも0ではありません。また術後に再度手術が必要になる場合もあります。
まずは痛みの原因を調べ、なるべくご自身の膝関節を温存することが大切です。保存的治療の効果が見られない場合や、痛みにより日常生活がままならない場合は、人工関節置換術の受けられる医療機関でご相談ください。
医師コメント
膝人工関節手術は、膝関節の変形性関節症や大きな損傷によって引き起こされる激しい痛みや機能障害に対する有効な治療法です。
手術では、損傷した膝関節の部分を取り除き、人工の関節部品を取り付けます。これにより、痛みの軽減や膝関節の機能回復が期待されます。
手術の適応は、患者の症状の程度や日常生活への影響、保存的治療の効果などを総合的に評価して決定されます。手術後のリハビリテーションや生活状況の改善も考慮され、患者の個別のニーズに合わせて計画されます。人工関節手術は、多くの患者にとって症状の改善や生活の質の向上をもたらしますが、手術にはリスクや合併症も存在します。
したがって、患者と医師が緊密に協力し、手術のリスクと利益を慎重に検討することが重要です。
【参考】
1) 東京女子医科大学 整形外科 人工膝関節手術
2) 大宮ひざ関節症クリニック 変形性ひざ関節症の手術
3) オムロンヘルスケア株式会社 痛みwith 変形性膝関節症の種類と原因
4) 公益社団法人 日本整形外科学会 症状・病気をしらべる「変形性膝関節症」
5) 医療法人社団 康心会 康心会汐見台病院 「人工関節の原因ってなに?3つの疾患と痛みを緩和する治療法をご紹介」
6) 順天堂大学医学部付属順天堂医院 整形外科・スポーツ診療科 大腿骨内顆骨壊死
7) 公益社団法人 日本整形外科学会 症状・病気をしらべる 「関節リウマチ」
8) 社会医療法人 ジャパンメディカルアライアンス 座間総合病院 人工関節・リウマチセンター 人工膝関節 「リスク/合併症について」
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