The Authority Match

ひざのケガに向き合う覚悟 金メダリスト・白井健三が語る、前十字靱帯断裂からの学びと『前を向く技術』 

ひざのケガに向き合う覚悟 金メダリスト・白井健三が語る、前十字靱帯断裂からの学びと『前を向く技術』 

インタビュイー:体操オリンピック金メダリスト 白井 健三さん

インタビュアー・監修者:スポーツ整形外科医 面谷 透(TAO Clinic 院長)

整形外科・再生医療の総合情報サイト「ひざ関節の痛み解消ナビ」がお届けするスペシャル対談企画『The Authority Match』。本シリーズは、ケガやリハビリを乗り越えた経験を持つ著名なアスリートと整形外科医の対談を通じ、関節疾患との向き合い方や最新治療の可能性を紐解くコンテンツです。

今回のゲストは、2016年リオデジャネイロオリンピック金メダリストであり、「ひねり王子」として世界を魅了した元体操日本代表の白井健三さん。対談相手には、スポーツ整形外科および再生医療のスペシャリストであり、日本体操協会のナショナルチームドクターも務める面谷透 医師(TAO Clinic 院長)をお迎えしました。

幼少期の葛藤、世界の頂点に立ったあとの迷い、現役引退後に突然襲った「左膝前十字靱帯断裂」という大ケガ、そして過酷なリハビリを笑顔で乗り越え、指導者として体操競技の世界への復帰といった白井さんのストーリーと、痛みに悩むすべての人に向けた前向きなメッセージをお届けします。

「体操が嫌いだった」幼少期から、覚悟を決めた世界選手権まで

面谷先生:白井さん、本日はよろしくお願いします。白井さんとは、現役時代の最後の3年間、僕が直接診療を担当させていただきました。その節はありがとうございました。

白井さん:面谷先生、よろしくお願いします。引退前は本当にお世話になりました!

面谷先生:現役時代は「選手とドクター」という立場での関わりでしたが、現在は白井さんが指導者となられ、僕も協会のドクターを務めているので関係性が少し変わりました。本日は診察室での会話とはまた違った、今だからこそ言える当時の素直なお気持ちをお聞かせいただけたらと思っています。

白井さん:はい、僕も当時の本音をお話しできればと思います。

面谷先生:白井さんといえば、日本でもっとも有名な体操選手の一人であり、「ひねり王子」という愛称が示す通り、誰も達成したことがない大技を自ら開発・成功させて数々の快挙を成し遂げてこられました。まずは体操を始めた幼少期からジュニア時代までのお話を聞かせていただけますか?

白井さん:実は、子どもの頃は体操がすごく嫌いだったんです(笑)。体操の指導者だった両親が創設した鶴見ジュニア体操クラブに通っていたのですが、自分から「やりたい!」と思って始めたわけではありませんでした。小学校に入学してからは、日体大のジュニアクラブに通うようになり、そこでの本格的な練習や厳しいトレーニングがとにかく辛かった記憶があります。

面谷先生:それは意外です。あれほどの実績を残された方が、最初は体操が嫌いだったとは。

白井さん:体操自体は嫌いだったんですが、体操クラブに所属する同世代の友達と話したり遊んだりするのが楽しかったため、「友達に会いに行く」という感覚で通っていました。そんな気持ちだった中でも、先生方がしっかりと指導してくださるので、自分の意思とは裏腹に体操の技術はどんどん上達していって(笑)。小学6年生のときに全国大会で3位に入ったのですが、まわりからの期待や責任が一気に重くなり、もっと体操が嫌いになりました。中学1年生のときには本気で「やめたい」と両親に訴えたほどです。

面谷先生:そこからどのように意識が変わっていったのですか?

白井さん:両親から「やめるくらいならクラブを変えなさい」と言われ、鶴見ジュニア体操クラブへ戻りました。そこで出会ったのが水口晴雄先生で、最初の1年間は僕に何も言わなかったのです。あとから聞いた話では、僕に体操の楽しさを思い出させるための作戦だったらしくて。その環境下で体操本来のおもしろさを再認識し、「体操=楽しいもの」と意識が変わったことで、中学2年生の頃から一気に体操競技に打ち込むようになりました。

面谷先生:指導者からの温かいアプローチによって覚醒されたのですね。そして2013年、ベルギーのアントワープで開催された世界体操競技選手権では17歳にして金メダルを獲得し、日本中に衝撃を与えました。

白井さん:あのときは「すごいことを成し遂げた」という実感がまったくなく、ただやりたい演技を成功できた喜びだけでした。帰国後に連日の取材やスポンサーへのご挨拶が続いたことで、「これはもう、体操に真剣に向き合う以外の選択肢はないな」と自覚しました。「体操で生きていく」と覚悟を決めた転換期でしたね。

選手としてのピークと心の葛藤、引退と指導者への転身

面谷先生:2016年リオデジャネイロオリンピックでは団体総合で金メダル、種目別跳馬で銅メダルを獲得されました。当時は大学2年生でしたが、プレッシャーにはどう向き合っていたのですか?

白井さん:プレッシャーはもちろんありましたが、当時はまだ大学生だったので、授業を受けたり寮の掃除をしたりといった日常生活が、良い意味で気分転換になっていました。また、代表チームの中で僕がダントツの最年少だったので、内村航平さんをはじめとする先輩方がプレッシャーを和らげるために、「お前は伸び伸びやればいい」と甘えさせてくださったのも大きかったです。

面谷先生:2017年、カナダのモントリオールで開催された世界体操競技選手権でも金メダルを獲得するなど輝かしい活躍を続けられていましたね。2018年以降のキャリアについても伺えますか?現役時代の最後3年間は僕も診察をさせていただいていましたが、ご自身の中で何が起きていたのでしょうか。

白井さん:2018年以降、成績が伸び悩んだ最大の理由は「立場とメンタリティの変化」でした。大学院に進むと、1個下の後輩がキャプテンになり、それを邪魔しちゃいけないという思いから、無意識のうちにまわりに遠慮するようになってしまって……。それまでは自分が主役という意識で熱心に練習に打ち込めていたのが、客観的に自分を見るようになり、「練習場所や時間を後輩に優先しなきゃ」と思うようになってしまいました。

面谷先生:ご自身のパフォーマンスだけに集中できる環境から、立場の変化による迷いが生まれてしまったのですね。

白井さん:はい。試合に向けた調整でも「いい演技ができる決断」がしきれなくなっていました。身体のケガ以上に、その立場や環境の変化によってメンタル面で迷いが生じたことで、パフォーマンスに影響していたのだと、今振り返ると思います。「もっと自分にわがままでいればよかった」という後悔もありましたが、その3年間の苦い経験があったからこそ、指導者となった今、学生に「今しかできないことは、今やっておかないとダメだよ」と力強く伝えられるようになりました。

現役引退後に襲った左膝前十字靱帯断裂

面谷先生:2021年、現役を引退後、日本体育大学で助教・コーチを務められています。現在、現役時代と変わらない、あるいはそれ以上の技をSNSなどで披露されていますが、指導者としてのモチベーションはどこにあるのですか?

白井さん:今の指導の軸は「目で語れるコーチになる」ということです。若い選手は言葉で説明するよりも、目の前で手本を見せた方が一瞬で理解できます。だからこそ、自分自身が技を披露するための身体を維持し続けることに意味があると思っています。

面谷先生:その指導中、左膝の前十字靱帯断裂を負われたのですよね?

白井さん:学生と一緒に床の通し練習を行っていた際、最初の着地で左膝をひねってしまいました。着地した瞬間、「あ、靱帯がいったな」ということが音と感覚で悟りました。

面谷先生:ケガをした瞬間、最初に頭に浮かんだのは何だったのですか?

白井さん:「痛い」とか「怖い」よりも先に、「明日の大学の授業、どうしよう!?」でした(笑)。体操選手としてではなく、一人の社会人として学生に迷惑をかけられないという焦りの気持ちがありましたね。病院で検査を受け、左膝前十字靱帯断裂と診断されました。通常ならすぐに手術を行うのですが、僕は教員として授業を優先したかったので、あえて手術を4ヶ月遅らせました。そのため、手術を受けたのは、前期の授業をすべてやり切った後の夏休み期間中でした。

8ヶ月のリハビリ期間から得た「新たな視点と財産」

面谷先生:受傷から4ヶ月遅らせての手術、そしてリハビリ生活へと入られたわけですが、復帰までのプロセスはいかがでしたか?

白井さん:現役ではないので「この大会までに復帰しなきゃ」という焦りがなかった分、自分の身体と冷静に向き合うことができました。自分はせっかちな性格ながら、医師から指示された「8ヶ月間」というリハビリ期間をきっちりと守ったのです。そして翌年4月から着地練習を再開し、そこから1ヶ月もたたないうちにすべての技を披露できる状態に戻りました。

面谷先生:1ヶ月もたたずに!それは驚異的なスピードですね。

白井さん:現役の最後3年間は「これじゃ良い演技ができないかも」という不安を抱えて試合に臨んでいましたが、「あれだけ地道なリハビリを頑張ったんだから、絶対できる!」という強い確信を持つことができたからこそだと思います。自分がどういうプロセスを辿ってきたかが、そのままパフォーマンスに直結するのだとケガを通して学びました。

膝が完全に元通りにならないのであれば、「与えられたパーツをどうやってよりうまく使うか」「膝が使えないならどこで補うか」という思考に変わりましたね。競技に対するマイナスイメージもまったくありませんでした。

面谷先生:ケガを単なる「マイナス」として捉えず、身体の使い方を再構築するきっかけにされたのですね。

白井さん:はい。膝のケガって体操に限らずスポーツ全般でよくありますよね。リハビリ期間中、ケガを怖がっている学生に「僕も同じようにケガをして、靱帯を切っているよ」と言うと、興味を持って僕の話を聞いてくれるようになったのです。同時期にリハビリをしていた柔道部の生徒ともすごく仲良くなれました。「ケガをしていなかったら絶対に生まれなかったつながりだな」としみじみ感じますし、ケガを起点にコミュニケーションが活発になることで、ケガをしている人の気持ちがよりわかるようになったのは、指導者としての大きな強みになりました。

面谷先生:学生の痛みに寄り添えるようになったのは、指導者として大きな財産ですね。ただ、競技によって向き合い方が変わりませんか?

白井さん:そうですね。体操の場合は「技の選択」ができるので、できること・できないことを割り切って受け入れやすいんです。でも、柔道のような対人競技だと「あの技をもう一度かけると同じケガをするかも」という恐怖や不安があると思います。「ケガをしたものはしょうがないよね」と言われても、そう割り切れない選手も多いはずです。

だからこそ、僕は膝の機能そのものにフォーカスするのではなく、テクニック面でのアドバイスや、メンタルが前向きになるような声を掛けるよう意識しています。膝から意識を少し逸らしてあげて、競技本来の楽しさを思い出させてあげる。そうやって選手をポジティブに導くアプローチを心がけています。

面谷先生:膝そのものの状態にとらわれず、競技のアプローチやメンタル面から救っていく。まさに白井さんだからこそできる、素晴らしい指導ですね。

整形外科医として多くの患者さんを診てきましたが、どうしてもケガをする前の自分にとらわれてしまう方が少なくありません。それは、再生医療に関しても同じようなことが言えます。

例えば、膝の軟骨や半月板の損傷による痛みに対する治療として、再生医療であるPRP(多血小板血漿)に非常に大きな期待をして来院される方がいらっしゃいます。しかし、膝の軟骨や半月板は一度傷つくと完全には元通りにならないことが一般的で、再生医療の成果には個人差があることから、期待していた効果が得られないというケースもあります。「再生医療によって、ケガをする前の身体に戻る」と強く信じる方の中には、ショックを受ける方もいらっしゃるのが現実です。 ですが、白井さんのように「起きたことはしょうがない」「与えられたパーツをどううまく使うか」「他の部位でどう補うか」とポジティブに捉えるマインドセットは、膝の痛みに悩むすべての人にとって非常に重要な考え方ではないでしょうか。

自分との出会いが誰かにとって前向きな一歩になれば

面谷先生:最後に、指導者として今後どのような存在でありたいか、そして膝や関節の痛みに悩む読者の方へ向けてメッセージをお願いします。

白井さん:「健三さんに出会えてよかった」「健三さんのおかげで前を向けた」と言ってくれる人を、一人でも多く増やしていきたいですね。

体操の技術がうまくなるだけでなく、僕と関わったことでその人の人生や考え方が少しでも良い方向に向かうきっかけになれたら、それ以上の幸せはありません。簡単な技でも「健三さんのおかげでできるようになりました」と言われる瞬間が、僕にとって何よりの喜びです。

ケガをするということは、今まで経験できなかった新しい領域へ突入することだと思います。知らないことはもちろん、新しい出会いや気づきも毎日ある。不安になることはあっても、その中で「少しでも意味があったな」と思える時間を作り出し、新しい景色を楽しんでほしいなと思います。

面谷先生:白井さんのその前向きな人間性と情熱があれば、これから先もたくさんの人たちの人生を照らしていくはずです。苦しい経験すらも誰かの希望に変えていく白井さんのお話は、痛みに悩む多くの方にとって救いとなるでしょう。本日は本当に素晴らしいお話をありがとうございました!

白井さん:こちらこそ、ありがとうございました!

アスリートと医師のスペシャル対談 The Authority Match

白井 健三さん

体操オリンピック金メダリスト

白井 健三さん

神奈川県横浜市出身。3歳から体操を始める。2014年全日本種目別の床運動で2連覇を達成し、2014年の世界選手権日本代表に選出。2016年リオデジャネイロオリンピックの団体総合で金メダル、跳馬で銅メダルを獲得。床運動や跳馬で数々の高難度技を成功させ「ひねり王子」の愛称で親しまれた。2021年に現役を引退し、現在は日本体育大学で指導者として後進の育成にあたっている。
面谷 透 医師(TAO Clinic院長)

スポーツ整形外科医

面谷 透 医師(TAO Clinic院長)

超音波を活用した画像診断・注射を中心として、様々な治療法を駆使して診療を行う。スポーツ選手の診療に長け、アマチュアからプロアスリートやオリンピアンまで豊富な診療経験を持つ。日本での経験に加えて、アメリカでの留学を経て最新の知見や技術を習得した。超音波診療やアスリートの診療をはじめとして、国内外での学会発表・論文執筆・講演を多数行っている。
バナー広告募集中