The Authority Match
「もう一度、山を走るために」プロトレイルランナー石川弘樹が語る、股関節の疾患を乗り越えて見つけた『新たなフィールド』

インタビュイー:プロトレイルランナー 石川弘樹さん
監修者:TAO Clinic 面谷 透院長
整形外科・再生医療の総合情報サイト「ひざ関節の痛み解消ナビ」がお届けするスペシャル対談企画『The Authority Match』。本シリーズは、ケガやリハビリを乗り越えた経験を持つ著名なアスリートと整形外科医の対談を通じ、関節疾患との向き合い方や最新治療の可能性を紐解くコンテンツです。
今回のゲストは、日本のトレイルランニング界を切り拓き、今なお第一線で走り続けるプロトレイルランナーの石川弘樹さん。走ることを生業とする彼を襲ったのは、「臼蓋形成不全」および「変形性股関節症」というあまりにも残酷な診断でした。対談相手には、スポーツ整形外科および再生医療のスペシャリストであるTAO Clinicの面谷透院長を迎え、アスリートとしての苦渋の決断、再生医療のリアルな現在地、そして人工股関節置換手術を経て再び山へと向かう驚異の再起ストーリーをお届けします。
日本初のプロトレイルランナー石川さんが語る競技の魅力とは

面谷先生:石川さん、本日はお時間をいただきありがとうございます。実はお会いするのをずっと楽しみにしていました。石川さんがプロトレイルランナーとしてご活躍されてきたことは存じ上げていましたが、実際に目の前でお会いすると、全身からみなぎるアスリートとしてのオーラに圧倒されます。
石川さん:面谷先生、こちらこそよろしくお願いいたします。そう言っていただけると恐縮です(笑)。僕の方こそ、スポーツ整形外科の最前線で多くのトップアスリートや関節の痛みに悩む方々を救ってこられた面谷先生と、こうして深くお話しできる機会をいただいてワクワクしています。
面谷先生:ありがとうございます。私は日頃から「患者さんが大好きなこと、生きがいにしている活動を諦めなくて済む医療」を追求しています。石川さんが歩んでこられた股関節疾患との闘いと、そこからの驚異的な復活のプロセスは、まさに多くの患者さんにとって最大の希望になるはずです。
まず、石川さんがトレイルランニングのプロを目指されるきっかけは何だったんですか?
石川さん:元々、大学4年までサッカーをしていて、小中学時代は読売クラブのユースチームにも所属していました。プロは無理でも大学卒業後はどこか実業団でプレーできればと考えていましたが、20歳の頃に「アドベンチャーレース」という競技に出会ったんですよね。
「アドベンチャーレース」とは、4~5人のチーム競技でランニング、カヤック、マウンテンバイク、トレッキング、クライミングなど動力を使わないありとあらゆるアウトドアスポーツをこなし、場合によっては1,000キロ近く10日間以上をかけてゴールを目指す耐久レースです。サッカーしかしていなかった私はそこからあらゆる競技、アウトドアスポーツをはじめ、のちにイーストウインドというアドベンチャーレースのプロチームに所属し、海外のレースにも積極的に出場するようになりました。競技の種目にもあったトレイルランニングを得意としていて、このスポーツを極めてみたいと思い、アドベンチャーレーサーからトレイルランナーという道を歩むようになりました。
私はトレイルランニングを極めるため、海外レース、世界中のトレイルを走るようになりました。欧米では盛んに行われていましたが、当時の日本ではトレイルランニングという競技自体がほとんど知られておらず、「山岳マラソン」や「登山競争」と呼ばれていました。
私の活動は海外レースを転戦しつつ、トレイルランニングというアウトドアアクティビティの魅力をより多くの人に伝えることでした。アスリートとして活動を続ける一方で、国内での講習会や講演、大会の運営に携わっています。プロを目指したわけではなかったのですが走り続けるため、やらなければならなかったことをし続けていたらいつの間にかプロになっていました。プロとして活動を始めて20年ぐらいになります。
面谷先生:プロトレイルランナーのパイオニアでいらっしゃる石川さんから、国内にトレイルランニングが広がっていったわけですね。国内にはどれくらいのランナーがいるんでしょうか?
石川さん:20~30万人と言われています。年間400レースほど実施されていて、ここ20年で競技人口も増えましたね。
面谷先生:そんなに増えているんですね。日本にまだ馴染みがなかった時代から、石川さんはトレイルランニングの魅力をどのように伝えてこられたのですか?
石川さん:僕が活動を始めた当初は、「山を走るなんてとんでもない、ただでさえ走ることはキツいのに勾配のある山なんてとんでもない」という声が多い時代でした。ですから、まず伝えたのはランニングということがあるけれど「走り続けなきゃいけないものではない」ということでした。
まずは「キツいと感じたらいくらでも歩いていい」山にはフラットな場所もある、登れば下りもある。そんな場所を「走りたいな、走れるかも!」と感じたところを走ればよくて、気持ちよく山を歩くトレッキングをしたり自由にマウンテンバイクに乗ったり、海で波と戯れサーフィンをしたりすること。それらとまったく変わらない、大自然の中で身体を動かして遊ぶ「アクティビティのひとつ」なんだよと。
競技もあって、特にロングレースに関しては、過酷なスポーツというよりは、“山の中を駆け巡る壮大な旅”のようなイメージで発信を続けてきました。
面谷先生:なるほど、確かに100マイルを走り続けるとなれば、旅そのものですね。
石川さん:はい。ただ、旅と言っても、1人で誰もいない山に入って100キロも160キロも走りなさいと言われたら、ツラいし寂しくもなりますよね。(笑)。考え方ですが大切なのは「レース・大会(運営者がいる、安全をある程度確保された場所)を利用して長距離、長時間の自然を楽しむ」ことです。
コースには矢印の看板が立てられ、要所には誘導員がいてくれる。10キロや20キロおきにエイドステーション(給水・給食所)があって、温かい食べ物を提供してもらえる。そうやって安全がしっかり管理された環境があるからこそ、非日常の過酷な大自然を、安心して、限界まで楽しむことができる。そんな魅力が多くの人に伝わり、少しずつ競技人口が増えていったように思います。
山道を走り続ける過酷な競技――。トレイルランナーに多いケガとは
面谷先生:整形外科医の視点から見ると、舗装道路を走る通常のランナーと、山を駆けるトレイルランナーとでは、患者層やケガの傾向が明らかに違うと感じます。通常のランナーは一定の動作を繰り返すため、疲労骨折や筋肉の炎症、腱炎といったトラブルが多いです。
一方で、トレイルランナーは下半身をはじめとする筋力が非常に発達しているものの、山道での着地や急斜面の下りによって、関節そのものにダイレクトに強い衝撃が加わり、結果として関節症の割合が高くなる傾向にあります。とくに変形性膝関節症や、膝の半月板の損傷、関節を構成する軟骨そのものがすり減って痛みが出るといった症状ですね。
石川さんは、走るとき足に負担をかけないよう意識していることはありますか?
石川さん:トレイルを走っていると下り道を飛ばして走ることが多いんですが、ドンと地面に体重を乗せるのではなく、なるべく力を抜いて足の着地はステップを踏んでいくようにしています。着地時の衝撃を逃がすように、下肢に負担をかけないように意識しています。
講習会などを始めた当初はトレイルランニングを教える人もHowto本も無いので、自分の走り方やフォームを具体的に解説できるよう文字起こしをしていました。変形性股関節炎が発症してからは、一般ランナーさんにも速く走るよりも下肢に負担をかけないような走り方をレクチャーするようにしています。
臼蓋形成不全・変形性股関節症の発症と再生医療という選択

面谷先生:石川さんが最初に「股関節の異変」を感じたのは、いつ頃でしょうか。
石川さん:41歳のとき、走っていると膝に痛みが出てきて、「あれ、おかしいな」と感じ始めて。医者から、「半月板に影が出ているようだから、手術が必要かもしれない」と言われたんです。そんなとき、あるトレーナーから「傾斜のないシューズに履き替えたほうがいい」とアドバイスをもらい、つま先とかかとの高さが同じ、「ゼロドロップ」と呼ばれるフラットなシューズに変え、姿勢、走り方を少し変えたところ、手術をしなくても膝の痛みが消えたんです。それからまた気持ちよく走れるようになって喜んでいたんですが、今度は股関節に違和感が出てきて。診察を受けたら、臼蓋形成不全・変形性股関節症と診断されました。
面谷先生:臼蓋形成不全というのは、股関節の受け皿である骨の被りが生まれつき浅いために、大腿骨の先端(大腿骨頭)が不安定になり、軟骨がすり減りやすくなる病態です。そこにトレイルランニングによる過酷な負荷と年齢による筋力の低下など、さまざまな要因が重なったことで、変形性股関節症へと進行してしまったのではないでしょうか。
石川さん:臼蓋形成不全という症状を元々持っていたかもしれませんがトレイルランニングで強い負荷をかけ続けたからかもしれません。医者にいきなり「もう一線で走ることはやめて指導する側にまわりましょう」とまで言われ、当時、股関節の筋肉を緩めるリハビリを受けていました。どんどん筋力も落ちて、一向に症状が快復しないのでとても落ち込みましたね。5年ほど痛みを我慢し、最後は靴ひもすら自分で結べなくなってしまったので、もう手術するしかないのかと。
面谷先生:再生医療を選択されたのは、どういったきっかけがあったんですか?
石川さん:九州にある再生医療センターでモニター募集をしていると妻が教えてくれたんです。そこで3ヶ月間、幹細胞治療に専念することにしました。
とても高額な治療費がかかる幹細胞治療を受けられるのですり減った軟骨が再生してくれることを期待していたのですが、僕の場合は残念ながら快復には至りませんでした。
面谷先生:なるほど。再生医療は素晴らしい可能性を秘めていますが、万能ではありません。効果は、患者さんの年齢、体重、そして何より「現在の軟骨の減り具合」や「組織の損傷度合い」に大きく左右されます。骨の変形がすでに高度に進行してしまっている段階では、細胞を注入しても、受け皿としての構造自体を修復することは難しいため、期待した効果が得られないケースもありますね。
人工股関節置換手術への「決断」と驚異のリハビリ

面谷先生:先ほども申し上げたように、前提として再生医療の成果には個人差があります。期待していた効果が得られない場合があることも、再生医療センターのドクターも説明されていたかと思います。とはいえ、石川さんのようなトップアスリートの方が、以前と同じようなパフォーマンスで競技を再開できるようになるため、あらゆる可能性を試してみることは非常にポジティブなステップとだと思います。
石川さん:そうですね。人工関節手術を受けたあとに再生医療のことを知っていたら後悔していたと思うので、先に幹細胞治療を受けたこと自体は良いことだと思います。
ただ、再生医療でも期待していた効果が得られなかったので、「人工股関節置換手術」を受けることにしたんです。「手術をしたら前のように走るのは無理かな」と思っていたんですが、人工股関節でトレイルを走っている高齢女性の存在を知って、手術することを決意しました。
手術する病院を探す中で、東京のとあるクリニックのドクターが「手術したら笑顔でまた走ることができるようになりますよ」と言ってくれたんですね。さらに、手術前後にリハビリもやってくれると仰っていたので、「この先生なら安心できるな」と思って、そのクリニックで手術することを決めました。私は、精度の高い手術を希望していたので、後方から切開する手術を選びました。
面谷先生:術後の痛みの変化や、リハビリの進み具合はいかがでしたか?
石川さん:ロックがかかってどうにも動かなかった股関節の痛みが、術後にすっかり消えたのは驚きでした。
それに、人工股関節は骨頭を取り除き、骨盤にカップを取り付けたり大腿骨に入れた金属のステムを入れたりするので、異物感があると思っていたんですが、それもまったくなくて。術後の翌日から歩行のリハビリから始めるんですが、そこの病院では術後のリハビリをする患者が多くて、退院後は月2~3回しかできないと言われたんです。ステムがしっかりなじむまで慎重にリハビリをしたかったので、リハビリを指導してくださる方や施設の情報を求めてSNSに投稿したらたくさんコメントが来て。その中に、人工関節の病院に勤めていた理学療法士さんがいたんです。しかも、トレイルランナーでもあるので、僕の状況を一番に理解してくださり、熱心に診てくれて、常に励ましてくれたのが心強かったですね。その理学療法士のもとで、週3~4回のリハビリをしていました。
面谷先生:腕のいい執刀医やトレイルランナーの理学療法士との出逢いなど、本当に縁に恵まれていて素晴らしいですね。術後に走行を始められたのはいつ頃ですか?
石川さん:4ヶ月後くらいに理学療法士さんから、「そろそろ走ってみますか?」と言われて、ゆっくりですがロードをジョギングして、半年経った頃にトレイルを再開していましたね。
とはいえ、無理はしたくなかったのであまり起伏の激しい路面を避けて、1年かけて慣らしていきました。1年半後には、30キロのレースに復帰しました。
面谷先生:トレイルランを再開したときのお気持ちはいかがでしたか?
石川さん:「幸せ」を感じましたね。術前は、股関節の痛みに悩まされ、足が動かない状態でどうしようと。術後は、痛みを感じずにゆっくりでも走れることが幸せでしかないです。
それまでは、アスリートとしてレースの順位を争ったり、過酷さに耐えながらゴールを迎えたりする喜びがありましたが今はただ痛みや違和感なく走れるだけで幸せを感じています。
小さい頃から、自分を整えるためのツールが走ることだったんです。それが40年生きてきて当たり前にできたことが急にできなくなって、「もう走れなくなるかも」という恐怖と焦りを何年も感じていた状況から、ようやく抜け出せた。その解放感と、再び走れることへの純粋な嬉しさは何にも代えがたいものがありますね。
「再生医療」は整形外科の世界に現れた、「第三の選択肢」

石川さん:僕自身は最終的に手術を選びましたが、今まさに「再生医療を受けるべきか、手術をするべきか」で迷っているランナーや一般の患者さんはとても多いと思うんです。再生医療のスペシャリストとして、先生は現在の再生医療の立ち位置をどう見ていらっしゃいますか?
面谷先生:非常に本質的な問いですね。結論から言うと、再生医療は「手術か、それとも何もしない(安静)か」という従来の二者択一しかなかった整形外科の世界に現れた、「第三の選択肢」です。
石川さんのケースのように、すでに軟骨が完全に消失し、骨同士が直接ぶつかり合って変形しているような末期の段階では、人工関節手術が最も確実でQOLを劇的に向上させる最適解になります。
石川さん:なるほど。大切なのはネットの情報や「切らずに治る」という甘い言葉だけを鵜呑みにせず、専門医に診断してもらい、適切なタイミングで自分にベストな治療を選ぶということですね。
面谷先生:その通りです。TAO Clinicでも、まずは徹底的な精密診断を行い、再生医療で効果が出る見込みがあるかをシビアに判断します。もし手術するという選択肢が患者さんの未来のためになると判断すれば、手術をおすすめします。
治療ありきではなく、「患者さんの人生にとって何がベストか」を一緒に考えることが、これからの医療に求められる姿勢だと確信しています。
自分らしく動ける身体を目指して

面谷先生:最後に、膝の痛みや変形性股関節症を抱えて苦しんでいる方がいたら、どのように声をかけますか?
石川さん:僕は40代で手術しましたけど、股関節のトラブルに見舞われて手術に踏み切る方は50代、60代の方がきっと多いと思うんですよね。その年齢だとやりたいこともたくさんあるでしょうから、手術をあと回しにしてガマンするよりは、今やれることに全力で向き合ってみて、人工関節置換手術をする決断をすることは、良い選択だと思います。
本来ならやれることができたはずなのに、手術をためらったばかりにできなかったと後悔はしてほしくないなと。
面谷先生:そのお考え、私も同意します。やはり、人工関節手術が必要な高齢の方に手術を受けたほうがいいと伝えると、「今はいいです」と言われるんです。それから数年経って、股関節の状態が悪化してから駆け込まれる方が多いですね。手術を先延ばしにして、チャンスを逃してしまうケースが非常に多いと感じます。私も、専門医から手術をすすめられたタイミングで、早めに決断することが良いと思います。
石川さん:私も手術に恐れがあって悩んでいましたが、SNSでプロアマ問わず、ダンス、パワーリフティング、自転車などさまざまな競技をされていて人工股関節手術を経験された方にDMを送って、手術後の感想を聞いてみたんです。
すると、「もっと早く手術すれば良かった」と、みなさん声を揃えて言うんですよね。人工股関節手術に成功した方の実体験を聞いて、僕も手術しようと決意しました。
面谷先生:私も整形外科医として、クリニックで患者様と向き合っていますが、人工股関節手術を受けて再起されたトップアスリートの方に術前術後の経過と心境をこと細かにお話を伺う機会がこれまでなかったのでとても新鮮でした。今日は本当にありがとうございました!
石川さん:こちらこそ、ありがとうございました。

アスリートと医師のスペシャル対談 The Authority Match

プロトレイルランナー
石川弘樹さん

TAO Clinic
面谷 透院長
日本での経験に加えて、アメリカでの留学を経て最新の知見や技術を習得した。超音波診療やアスリートの診療をはじめとして、国内外での学会発表・論文執筆・講演を多数行っている。
