The Authority Match
4度の手術を経験し、ピッチに立ち続けた元プロサッカー選手・武岡優斗が語る「痛みの乗り越え方」と「再生医療」という選択肢

インタビュイー:元プロサッカー選手 武岡優斗さん
インタビュアー・監修者:スポーツ整形外科医 面谷 透(TAO Clinic 院長)
「ひざ関節の痛み解消ナビ」がお届けするスペシャル対談企画『The Authority Match』。ケガやリハビリを乗り越えた経験を持つ著名人と整形外科医の対談を通じ、関節疾患との向き合い方や最新治療の可能性を紐解くコンテンツです。
今回のゲストは、川崎フロンターレなどで活躍し、現役時代に両膝合わせて計4回の手術を乗り越えた元プロサッカー選手の武岡優斗さん。対談相手には、スポーツ整形外科および再生医療のスペシャリストである面谷透 医師(TAO Clinic 院長)をお迎えしました。壮絶なケガとの闘い、葛藤の末に手放した「過去の自分への執着」、そして引退後に再生医療の事業を行うセルソース株式会社へと身を投じたセカンドキャリアの挑戦という壮絶なサッカー人生を繰り広げたストーリーをお届けします。
度重なる膝のケガに悩まされた現役時代

武岡さん:面谷先生、本日はよろしくお願いします。
面谷先生:こちらこそ、よろしくお願いします。事前にご経歴を拝見していたのですが、武岡さんは本当に体格が良いですね。さすが元アスリートだなと感じます。
武岡さん:ありがとうございます。面谷先生が体操の日本代表など、トップアスリートを診られていると知って、今日お話しできるのをすごく楽しみにしていました。トップアスリートは痛みのセンサーが鋭く要求も細かいと思うので、そうしたドクターの視点をぜひ伺いたいです。
面谷先生:恐縮です。武岡さんが現役時代に「膝の手術を4回も経験された」と知り、どれほど厳しい試練を乗り越えてこられたのだろうと思っていました。サッカーにおいて膝のケガはキャリアに直結する大問題ですからね。そもそも、最初に膝の症状が出始めたのはいつ頃だったのでしょうか?
武岡さん:プロ2年目、横浜FC時代のキャンプ最終日です。相手選手とシュートブロックでボールを挟み合った際、足先が持っていかれて「内側側副靱帯損傷」を負ったのが最初でした。自力で歩けず松葉杖で帰るレベルの激痛でしたね。本来なら全治8~10週間、しっかり治すなら3ヶ月ほどかかるケガだったのですが、監督と共に移籍してきたことで焦りもあり、わずか4週間ほどで無理やり復帰してしまったんです。
面谷先生:全治まで8週間想定のケガを4週間で復帰するのはかなり厳しいですね……。
武岡さん:はい。膝がかばいきれず、復帰後にハムストリングスの肉離れを起こし、さらには太もも前の筋膜炎へと連鎖していきました。無理を重ねるうちに今度は膝のお皿の下が痛み出し、最終的には「試合開始のホイッスルが鳴る直前まで激痛が走る」というレベルになってしまって。当時は試合前に痛み止めを飲み、痛みを麻痺させてピッチに立っていました。
面谷先生:ちなみに、その当時は再生医療などの治療法は検討されなかったのですか?
武岡さん:今から16年ほど前だったので、当時は今のように「PRP治療」といった言葉すら一般的ではなかったような気がします。
面谷先生:そうですね。10数年前はPRP治療のキットも発達しておらず、手作業で抽出していた時代です。医師の間でもまだ認知が低く、学会でも半信半疑で見られるような過渡期でした。
武岡さん:当時は「膝の脂肪体の炎症だね」と言われ、湿布や注射でごまかしていたのですが、シーズンオフになっても痛みが引かず……。セカンドオピニオンを求めて、国立スポーツ科学センター(JISS)の福林徹先生に診てもらったら、「お皿の裏の軟骨が損傷している可能性がある」と指摘されたんです。
精密検査をしたら、福林先生の仰る通り軟骨損傷だと診断されました。でも水も溜まっていないし、半月板も正常だったので、検査画像上での判断がとても難しい、レアな症状だったそうです。
そこから「画像診断ではわからないが、痛みが激しいようなら一度、内視鏡で中を覗いてみよう」と言われ、2011年2月に1回目の手術を受ける決断をしました。
リハビリに励み、選手生命の危機を乗り越える

面谷先生:実際に内視鏡で膝の中を覗いたときは、どのような状態だったのですか?
武岡さん:軟骨が毛羽立ってボロボロになり、荒れていたそうです。福林先生がその部分を整え、骨に小さな穴を開けて出血させ、かさぶた状の組織(線維軟骨)で修復を促す「ドリリング」という手術を施してくれました。
面谷先生:損傷した関節軟骨(硝子軟骨)は消耗品で、元通りに完全再生することはありません。ドリリングは骨髄幹細胞を含む血液を導き出し、代わりに柔らかい「線維軟骨」で補う術式ですね。整形外科医としては、手術をしたからといって100%元通り復帰できるとは言い切れない難しさがあります。
武岡さん:理学療法士の方からも「元の強化ガラスのような軟骨から、普通のガラスに置き換わるイメージだから、一生うまく付き合っていく必要があるよ」と説明を受けました。その後、JISSで約3ヶ月間リハビリを行いチームに戻ったのですが、復帰に向けて練習強度を上げた10月頃、膝の奥で「ズキッ」と嫌な音がして崩れ落ちてしまったんです。
面谷先生:わずか8ヶ月ほどでの再発ですね……。
武岡さん:はい。「2回目の手術をしたら、もう選手生命が終わるかもしれない」と、精神的に一番落ち込む時期でした。シーズン終盤で契約の査定時期でもあり、周囲からは保存療法を勧められましたが、歩行すら辛い状態だったので「自分の足で歩ける体を取り戻したい」と押し切り、2011年の年末に2回目の内視鏡手術を受けました。肥大化した脂肪体を切除し、再度ドリリングを行いました。
面谷先生:そこから復帰に向け、トレーニングのアプローチを大幅に変えられたそうですね。
武岡さん:一般的には「膝を守るために太もも前(大腿四頭筋)を鍛えなさい」と言われますが、お皿の裏を痛めている僕の場合、レッグエクステンションというジムのマシンで太もも前を鍛えようとするとお皿が圧迫されて激痛が走るんです。そこでカズさん(三浦知良選手)の専属トレーナーさんたちに相談し、「太もも前の筋トレに頼るのをやめよう」と割り切りました。
面谷先生:大腿四頭筋ではなく、お尻やもも裏のハムストリングスという筋肉を使う身体作りにシフトしたわけですね。
武岡さん:そうなんです。お尻や背中の筋肉を主動筋として使い、膝関節だけに負担をかけず全身で衝撃を吸収する動作パターンを身につけました。レッグエクステンションでは一番軽いプレートすら上がらないのに、ピッチに立つと痛みがなくプレーができる状態を作れたんです。2012年春に復帰してからは、お尻ともも裏の強化を徹底し、その後1年ほどはほぼフルタイムで試合に出場し続けることができました。
面谷先生:周囲の筋肉を強化して痛みのないポジションを活用するアプローチは、お皿やその周囲の軟骨損傷に悩む多くの方にとって希望になるうるエピソードですね。
代表入りをかけた大舞台を前にケガを再発

面谷先生:その後、川崎フロンターレに移籍されてキャリアのピークを迎えていくわけですが、順調にプレーを続けられたのでしょうか?
武岡さん:2014年に川崎フロンターレへ移籍し、定期的にヒアルロン酸注射を打ちながらプレーしていたのですが、2015年の東アジア選手権の代表候補発表直後の試合で、今度は右膝の内側側副靱帯を激しく痛めてしまったんです。最初は「前十字靭帯をやったか」と思うほどの激痛でした。
面谷先生:日本代表入りがかかった、まさに選手人生の大一番のタイミングですね。
武岡さん:本来なら全治8~10週間かかるケガでしたが、諦めきれず、チームドクターに頼み込んで痛め止めの注射を打ち、3日後の試合にスタメンで強行出場しました。ですが力が入らず、途中で再負傷して交代に……。今振り返れば「無理するな」と当時の自分を止めたいですが、とにかくチャンスを逃したくないという必死の思いでした。
さらに2016年の開幕前、カズさんが実施するグアムキャンプに参加してコンディションもよかったのですが、チームキャンプの終わりに右ふくらはぎを肉離れし、早期復帰を焦ったことで、体にかなり負荷がかかってしまい、最終的に今度は左膝のお皿の骨の裏の軟骨(膝蓋骨軟骨)にも右膝と同じ損傷が発生してしまったんです。
面谷先生:右膝のかばい動作や焦りから、左膝の軟骨まで悲鳴を上げてしまったのですね。
武岡さん:薬で誤魔化しながら騙し騙しプレーしていたのですが、同年の秋、天皇杯の試合で右足を外側から踏まれ、足首を負傷しました。その時には膝蓋骨の軟骨損傷はかなり悪化していました。そのとき、周囲からはPRP治療という選択肢も提案されたんです。
過去に右膝での経験からオペを懇願し、2016年11月に3回目の手術を受けました。
面谷先生:その時は軟骨移植の話も出たそうですね?
武岡さん:はい。福林先生から「復帰を考えて軟骨移植を検討してはどうか」と提案されたのですが、膝を7cmほど切開する手術傷が残るのが嫌で……。内視鏡の小さな傷ですら癒着に苦しんでいたので断念し、同じようにドリリングとクリーニングを行ってもらいました。
しかし、2017年4月の復帰戦のあと、アウェイの鹿島アントラーズ戦に出場した際、またしても膝に同じ激痛が走るようになったんです。精密検査をした結果、前と同じように水も溜まっていないし、半月板も異常ないけど痛い。2017年6月に通算4回目となる手術を受けました。病院では「ただいま」と言ったら、仲の良かった看護師さんに「ただいまです!」と伝えると「おかえりなさいですね!」と笑ってくれました(笑)。
セカンドキャリアと「再生医療」という新たなフィールド

面谷先生:4度の手術を乗り越え、2021年に引退されるまでプロとしてピッチに立ち続けた武岡さんですが、引退後に再生医療の事業会社であるセルソース株式会社に入社されました。どのような経緯だったのでしょうか?
武岡さん:サッカーしかしてこなかった自分は、引退後に「次に何がしたいか」がまったくわからなかったんです。ただ、サッカー関連ではない仕事をしたいと漠然と思っていました。そんなとき、友人を介してアスリートのキャリア支援をされている社長とお会い、いろいろお話を聞いたんです。
その後、セルソースとの面接の機会をいただいたんですが、当時はまだ入社の意思も固まっていない状況だったので、正直少し迷いがありました。でも、“せっかくの機会だから”と面接へ行き、志望動機を聞かれたときに思い切って本音をぶつけたんです。
「これまで自分の人生の中心はサッカーでしたが、それがなくなりました。今後の判断軸がない中、申し訳ないですが御社のこともよく知りません。しかし、僕は現役時代に膝の手術を4回受けているので、誰よりも膝の痛みやケガの苦しみを知っています」と、素直な気持ちをそのまま伝えました。
ちょうど入社して3ヶ月ほどのタイミングでスポーツチームとの提携が始まり、新たな一歩を踏み出すことになりサッカーとは切れないんだなと感じましたました。
アスリートの世界において、自分の身体に「メスを入れないこと」がいかに大きな意味を持つか、僕は誰よりも理解しています。正直なところ、トップレベルで戦うアスリートにとって、痛みが完全にゼロになることは難しく、多少の痛みと付き合っていくのは仕方のない部分もあります。大切なのは、その痛みが自分のコントロールできる範囲に収まっているか、そして「これくらいなら最高のパフォーマンスでプレーできる」という状態を維持できるかどうかだと思うんです。
そう考えたとき、自分の身体にメスを入れることなく、人間が本来持っている治癒力を引き出して痛みを和らげ、再び前を向ける可能性を秘めた再生医療は、アスリートにとって極めて価値のある選択肢なんじゃないかと思いました。
かつての自分のように、度重なるケガや膝の激痛に一人で悩み、選択肢に迷っているアスリートや一般の患者さんたちへ、この医療の可能性を届けていきたい――。それが、今の僕の大きな原動力になっています。
面谷先生:アスリートは常にケガと隣り合わせの職業ですから、現役である以上、どうしても痛みと向き合わざるを得ませんよね。
ですが、これはアスリートに限った話ではなく一般の患者さんであっても、「膝が痛いから仕事を休みます」とは会社になかなか言いづらいのが現実です。だからこそ、日々の生活の中で「痛みとうまく付き合っていく方法」を模索することが大切です。
武岡さん:そうですね。僕も手術直前、メンタルがどん底まで落ち込んでいた時期がありました。そのとき、漫画『ONE PIECE』でジンベエがルフィに放った「失った物ばかり数えるな!!! 無いものは無い!!! 確認せい お前にまだ残っておるものは何じゃ!!!!」という言葉に救われたんです。「ケガをする前の完璧な身体を追いかけても戻ってこない。傷ついた膝を受け入れ、今ある身体でどう戦うかだ」と過去への執着を手放すことができました。
現役時代は「我慢するか、メスを入れるか」の二者択一しか知らなかった。でも、再生医療という違った選択肢を知っていたら、選んでいたかもしれません。
それに、一口にPRP治療と言ってもさまざまな種類があります。アスリートも一般の方も、知識を持ったうえで「手術は1つの手段として残しつつ、メスを入れずに良くなる可能性を模索する」というアプローチを知っておくことは本当に大切だと痛感しています。
親身になって診てくれる専門医との出会いが重要

面谷先生:最後に、膝の痛みに悩んでいる一般の患者さんやアスリートに向けて、メッセージをいただけますか。
武岡さん:朝起きてベッドから足を一歩踏み出した瞬間、「今日も膝が痛いな」と感じながら生活するのは本当に辛いことです。でも、痛みを我慢し続けたり、失った過去の身体ばかりを追いかけても前には進めません。今は、手術以外にも再生医療をはじめとする多様な選択肢が存在します。一人で抱え込まず、知識をつけ、信頼できる専門医と出会って一歩を踏み出してほしいですね。今の僕があるのは、よい専門医と巡り合えたおかげだと思っています!
面谷先生:「治療を受けるのが面倒だから」「手術をするのが怖いから」と我慢して痛みを先延ばしにし、アクティブに動ける貴重な時間を失ってしまうのはもったいないことです。自分の膝の現在地を正しく知り、納得のいく治療法を選ぶことが大事ですね。
武岡さん、本日は本当に貴重なお話をありがとうございました!
武岡さん:こちらこそ、ありがとうございました!

アスリートと医師のスペシャル対談 The Authority Match

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武岡優斗さん

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面谷 透 医師(TAO Clinic院長)
