
少子高齢化が進行するなかで、とくに地域医療の現場においては医師単独の力では対応が難しいケースが増加しています。そこで注目されているのが、医師、看護師、薬剤師、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士、介護職、ソーシャルワーカーなどが連携し、患者を中心に包括的な支援を行う「医療多職種連携」です。
この記事では、地域医療における多職種連携の定義や必要性、実際のメリット、課題、さらには地域での成功事例を紹介しながら、医師の立場からできる具体的なアプローチを考察します。
医療の多職種連携とは

はじめに、医療の多職種連携の定義についてご紹介します。チーム医療との違いも解説しますので、ぜひご参考にしてください。
多職種連携の定義
多職種連携とは、医師・看護師・薬剤師・理学療法士・作業療法士・介護福祉士・医療ソーシャルワーカー・行政担当者など、異なる専門性を持つ職種が、患者のQOL向上を目的として情報共有・役割分担を行い、効率的かつ継続的なサービスを提供するものです。
WHOは1980年代から多職種連携の重要性を唱えていました。しかし、日本に本格的に多職種連携が取り入れられたのはだいぶ経ってからでした。それまでは医師の指示のもと、それぞれの職種が独立して業務にあたっていたのです。
多職種連携が日本でも取り入れられた背景には、高齢化や介護保険制度の制定などがあります。導入されてから日が浅いこともあるため、日本の多職種連携は完全に普及しているとはいえず、課題も多く残されています1)。
チーム医療との違い
多職種連携と混同されがちなのが、「チーム医療」です。チーム医療はおもに医療機関において医療従事者が連携し、それぞれの専門性を活かして適切な医療を提供すること2)を指します。多職種連携には異なる機関や医療従事者以外の職種との連携も含まれており、より広範な概念です。そのため、チーム医療は多職種連携の一部として位置付けられています1)。
地域包括ケアシステムとの関連

厚生労働省は、地域包括ケアシステムについて下記のように説明しています3)。
“団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築を実現していきます。
今後、認知症高齢者の増加が見込まれることから、認知症高齢者の地域での生活を支えるためにも、地域包括ケアシステムの構築が重要です。
人口が横ばいで75歳以上人口が急増する大都市部、75歳以上人口の増加は緩やかだが人口は減少する町村部等、高齢化の進展状況には大きな地域差が生じています。
地域包括ケアシステムは、保険者である市町村や都道府県が、地域の自主性や主体性に基づき、地域の特性に応じて作り上げていくことが必要です。”
急速に進む高齢化にともなう需要増加により、現在の医療・介護の現場ではリソースが逼迫しています。そのため、高齢者介護の主体を国から各地方自治体に移し、十分なサービスを提供しようという機運が高まりました4)。
次項にて詳しくご紹介しますが、地域包括ケアシステムとして医療・介護・生活支援などを一体的に提供するためには、医師をはじめとする多職種間の密接な連携が不可欠です。つまり、多職種連携は地域包括ケアシステムの中核を担う要素ともいえるのです。
地域医療で多職種連携が必要とされる理由
現代の地域医療を取り巻く環境は、かつてないほど複雑化しています2)。とくに高齢者に対する医療では、身体的疾患だけでなく、認知症や社会的孤立、経済的問題などが複雑に絡み合い、医療だけでは解決できない課題が山積しています。こうした状況下では、それぞれの専門性を持つ多職種が連携し、患者やその家族の生活全体を支える必要があります。
加えて、従来の病院完結型医療から地域完結型医療への転換も重要視されており、持続可能な地域完結型医療の実現のため、医療機能の専門化・分散化も進められています5)。このような地域医療構想6)の達成や地域包括ケアの実現においても、医療従事者だけでなく、職種横断的な連携、つまり多職種連携が不可欠です。機能分担しながら協働することで、限られた医療資源を最大に活用することができます。
これからの地域医療では、単なる情報共有だけではなく、多職種連携による統合的な支援体制を構築することがスタンダードとなっていくでしょう。
地域医療における多職種連携のメリット
地域医療における多職種連携では、患者、医療・介護・福祉従事者の両方にメリットがあります。ここでは患者側と医療従事者側のメリットについて解説します。
患者側にとっての最大のメリットは、ニーズに応じたケアが受けられる7)という点です。例えば、退院後の生活支援や服薬管理、食事療法の継続などは、医療従事者だけではまかないきれません。そこで、訪問看護や訪問介護、福祉職などと連携することで、退院から看取りまで途切れることないケアとサポートを受けられるようになります。
また、多面的な視点からのケアを受けられることもメリットです。病院の医師や看護師だけでなく、介護職や福祉職に相談できるため、より合ったサービスを受けられる可能性が高まります。
一方で、医療従事者にとっては業務の効率化と役割分担が進むため、限られた医療資源の中でも質の高いサービス提供を続けやすくなります8)。さらに、一部の職種に業務の負担が集中するのを防ぐことができるため、離職率の低下にもつながる9)でしょう。また、多職種連携での対応は、結果として一貫性を持ったケアにつながる7)ため、患者やその家族の信頼を得やすいというメリットもあります。
地域医療における多職種連携の課題
もちろん、多職種連携には課題も存在します。まず、職種ごとにベースとなる知識や専門的視点が異なるため、情報共有やコミュニケーションに齟齬が生じる1)ことがあげられます。
例えば、急性期医療に携わる医師と、地域福祉の現場で活動してきた職種との間では、基本的な価値観や優先順位が異なるケースも少なくありません。
また、連携の場を作るためには時間的・人的コストがかかり、現場の医師など職種によっては「会議や打ち合わせの負担が増える」と感じられることもあります。限られた時間の中で効率良く情報共有するためのオンラインツールなどの活用1)などが求められますが、そこには導入コストも発生します。
さらに、多職種連携の際に暗黙のヒエラルキーが存在する10)と、情報共有や意思決定のスピードに影響を及ぼす可能性があります。他職種を理解し、フラットな関係を構築しなければ、地域医療における多職種連携は成しえません。
地域医療の多職種連携における医師の役割
従来、医師は「意思決定をする存在」「意思決定にしたがって他職種へ指示を出す存在」として、チームの頂点に立ってきました。しかし、地域医療における多職種連携では、医師がすべてを抱え込むのではなく、それぞれの専門職に役割を委ね、協働の旗振り役として機能することが求められます1)。
自身もチームの一員としての意識を持ちながら、全体のマネジメントを担い、必要な場面での意思決定をリードする立場としての自覚が必要です。情報共有の場では、誰よりも先に課題を明確化し、必要な支援や調整を積極的に提案・発信していく連携の起点となり、他職種と意見交換したうえでチームとしてのサジェストを決めていくことが大切です11)。
地域医療の多職種連携の成功事例
最後に、地域医療における多職種連携での成功事例を2件、ご紹介します。
山形県鶴岡市
山形県鶴岡市では、もともと医師会を中心に患者情報共有ツールを用いた医療従事者間での情報共有が行われていました。しかし、医療介護連携の強化のため、その患者情報共有ツールを介護従事者にも使えるようにしたのです。
これにより、医療・介護の双方向コミュニケーションが円滑に進むようになりました。とくに、がん患者の在宅終末期医療に携わる職種間で活用されています12)。
和歌山県すさみ町
高齢化率が高く、山間部に集落が点在する和歌山県すさみ町では、医療資源の不足が問題となっていました。この状況を改善すべく構築されたのが、医療・介護・福祉の情報共有基盤である「すさみ町地域見守りシステム」です。
町内のイントラネットを用いた医療機関、福祉協議会、役場をつないだ回線で、医療・介護・保健などの情報共有を行うことで、多職種連携による地域医療の提供を実現しました。また、このシステムを通じて、独居老人の見守りサービスなども提供しています13)。
多職種の力を引き出す医師の在り方
多職種連携は、単に患者のためだけの仕組みではありません。医師自身を守り、支える仕組みにもなりうるのです。業務の一極集中を避け、役割分担を明確にすることで、診療の質とスピードを落とさず、かつ持続可能な医療体制を構築できます。
地域医療における多職種連携を実現させるためには、医師が一方的に指示を出すのではなく、他職種の意見に耳を傾け、共通のゴールに向けて協働できる関係性を築く必要があります。コメディカルだけでなく、介護や福祉、行政職との信頼関係をベースにした連携こそが、多職種の力を最大限に引き出すカギとなるでしょう。
【参考】
1)セカンドラボ株式会社 コメディカルドットコム 多職種連携って何?どんなものなのか詳しく説明
2)ディピューラ メディカル ソリューションズ株式会社 kaleidoTOUCH 医療における多職種連携の必要性。看護師に求められる役割とは
3)厚生労働省 地域包括ケアシステム
4)RX Japan株式会社 自治体・公共 Week 地域包括ケアシステムをわかりやすく解説【事例つき】
5)シスメックス株式会社 医療機能の分散と連携による地域完結型医療とは?
6)厚生労働省 地域医療構想
7)ディピューラ メディカル ソリューションズ株式会社 kaleidoTOUCH 医療における多職種連携のメリットとは。患者・医療従事者の両方で考える
8)株式会社マイナビ マイナビ薬剤師 多職種連携とは?必要性やメリット・薬剤師の役割について解説
9)株式会社メドレー CLINICSお役立ち情報 【医院経営者必見】クリニックスタッフの離職率を下げる方法6選!
10)春田 淳志 日本の多職種連携教育と連携実践の礎となる多職種連携コンピテンシーについて
11)株式会社エムステージマネジメントソリューションズ 医業承継サポート チーム医療・多職種連携における医師の役割
12)一般社団法人 鶴岡地区医師会 在宅医療を支える医療・介護包括情報共有ネットワークシステムの構築・運用事業
13)厚生労働省 地域包括ケアシステムの構築に関する事例集 医療・福祉の情報共有・緊急通報システム等の情報基盤「すさみ町地域見守りシステム」の構築