医師インタビュー

国内最大級の上肢班、慶應義塾大学病院で行われている「変形性肩関節症」の治療と手術

      

インタビューした医師・専門家

プロフィール
慶應義塾大学病院 整形外科 専任講師
松村 昇(まつむら のぼる)
慶應義塾大学 医学部に在学中、アメリカンフットボール部での活動中に肩をケガしたことをきっかけに整形外科医を志す。2002年に同校卒業。2011年に渡仏し、サングレゴワプライベート病院で人工関節を学ぶ。専門は、肩関節外科、肩関節鏡手術、人工肩関節置換。

髪を洗う時など、腕を上げる動作でズキっと痛む肩の不調。慢性化する痛みに不安を感じている人もいるのではないでしょうか。その痛みは、加齢などにより肩の軟骨が変形することで起きる「変形性肩関節症」かもしれません。歳を取れば、誰しもがかかる可能性のある身近な病気「変形性肩関節症」の治療と手術について、肩関節症のエキスパートである慶應義塾大学病院の松村医師にお話しを伺った。

医師からのメッセージ

肩関節の治療は日々進化しており、10年前に施しようがなかった症例でも、今は良い方法ができている可能性もあります。

軟骨の変形が痛みの原因。加齢により誰でも発症する可能性

――先生がいらっしゃる慶應義塾大学病院の整形外科は、日本で一番大きな上肢班があるそうですが、普段はどのような患者様に、どのような医療を提供されているのでしょうか?

慶應義塾大学病院は、多くの患者さまをより適切な治療で幸せにすることを目標に、臨床・研究・教育に関わる数多くのスタッフが最新の医療を提供しています。ほかの病院で対応できない患者さまや上手く治らなかった患者さまを受け入れる、最後の砦のような存在と言えるかもしれません。

――松村先生にまずお聞きしたいのは、加齢と肩関節の関係性です。なぜ高齢になると、肩関節の痛みに悩む人が増えるのでしょうか? 

加齢に伴って肩が痛くなる理由としては、大きくふたつあります。1つは軟骨の変形です。肩を使っているうちに関節の軟骨が少しずつ磨耗して痛みが出てくるもので、「変形性肩関節症」と言われます。

もう1つは腱板断裂(けんばんだんれつ)です。加齢とともに腱板がもろくなり、いつのまにか切れてしまうことがあるんです。腱板断裂と聞くと大変痛そうに聞こえますが、徐々にすり減って切れていくような場合は、あまり痛みがないこともあります。

――「変形性肩関節症」は、どういった原因で起こるのでしょうか?

「変形性関節症」は、常に体重がかかるひざ関節や股関節で多く見られますが、肩関節でも起き、「変形性肩関節症」と呼ばれます。加齢を基盤にして、スポーツや仕事で肩を使い過ぎたり、骨格的な問題があったりすると発症しやすくなります。まれに、関節リウマチなどの病気が原因で起きることがありますし、腱板断裂により関節の変形が進行する「腱板断裂性肩関節症」もあります。

――正常な関節と「変形性肩関節症」の違いについて教えてください。

レントゲンで見ると、上腕骨頭や肩甲骨関節窩が変形し、このふたつの骨の間(レントゲンに写らない軟骨部分)が狭くなります。軟骨は、関節がいろいろな動きができるよう、非常にスベスベしているんですよ。摩擦係数を測ると、アイススケートリンクの500倍も滑りやすいそうです。この軟骨が摩耗して下の骨が出てくると、肩を動かそうとする場合にゴリゴリとした音とともに動かしづらくなります。

また、軟骨には神経がありませんが、骨には神経がありますので、痛みを感じたり腫れたりします。痛みを出すことで肩を休ませて、これ以上傷つけさせないようにする身体のメカニズムの一つですが、眠れない、髪を洗えないなど日常生活に支障が出てくると治療が必要になります。

左:正常の肩関節 右:変形性肩関節症

手術をする最大のメリットは痛みがほとんどなくなること

――「変形性肩関節症」には、保存的療法と手術療法があるんですよね?

はい。基本的には、薬や注射、リハビリなど身体に与える影響が少ない保存的療法を優先しますが、痛みが強くて日常生活で不都合が多かったり、患者さまが望む活動ができなかったりするときは、手術療法を検討します。手術は、人工関節に取り替える関節置換手術が主になり、手術後はほとんど痛みを感じなくなることが最大のメリットです。

――「変形性肩関節症」の手術を受ける適切なタイミングはありますか?

患者さまが不自由を感じていて保存的療法では改善の見込みがない場合、手術を検討します。整形外科の病気すべてに当てはまることなのですが、治療のゴールは患者さまが願うように身体が使えるかどうかです。例えば、スポーツ選手なら元のようにプレーしたいなどゴールの設定が高いですし、普通の生活で痛みを感じなければいいという方もいます。

また、症状やレントゲン写真を見て、手術によって改善が見込める状態なのか見極めることも大事なポイントです。つまり、手術をした際に患者さまが望む結果を得やすい状態にあるときは良いタイミングとなりますし、手術をしてもあまり効果が期待できない場合は良くないタイミングとなります。

――手術に向いていないのは具体的にどのようなケースでしょうか?

例えば、患者さまが痛みの訴えが強いけれどレントゲン写真の上では軽症の場合は、手術しても期待したほど改善しない可能性があります。また、症状が進行しすぎていて、骨自体がかなり磨耗している状態だと、人工関節を安定して置けないことがあり、手術のあとに合併症が発生しやすくなります。

さらに、患者さまに持病があったり、高齢だったりして、手術による体への負担が大きすぎる場合も安易に勧められません。いずれにせよ手術によるリスクと得られるメリットをしっかりとご説明して、最終的には患者さまに選択していただきます。

――手術療法の術式の種類について、それぞれ教えてください。

「解剖学的人工関節置換術」か「リバース型人工肩関節置換術」のどちらかで行われるのが一般的です。「解剖学的人工関節置換術」は肩甲骨と上腕骨頭の両方を人工関節に置換する手術で、術後は元の状態にかなり近くなるのが特徴です。

一方「リバース型人工肩関節置換術」は、解剖学的形状を反転させて置換する手術で、腱板断裂してしまっても肩が動かせるようになる代わりに、元の状態の80%くらいまでしか回復しないという特徴があります。双方の術式に長所、短所がありますので、患者さまの年齢や症状、骨や腱の状態、希望に応じて決めていきます。

左:解剖学的人工肩関節 右:リバース型人工肩関節

再手術はリスク増。1回の手術で済むように吟味を

――人工関節の手術を受けた方がもう一度人工関節の手術を受けるケースとは、どのようなものなんでしょうか?

手術した患者さまの人工関節が、残念ながらうまく機能しなくなってしまったときには再手術を検討します。かつて軟骨が変形して「人工関節置換術」を受けられた患者さまが、十数年経過するうちに腱板断裂してしまった場合は「リバース型人工肩関節置換術」への再手術を検討します。また、合併症が起きてしまったり、外れてしまったり、転倒して人工関節付近で骨が折れてしまったりしたときには再手術を行います。

いずれにせよ1回目の手術よりも2回目の方が手術自体は難しくなりますし、合併症も起きやすくなるので慎重に適応を決めます。1回目の手術の際に、将来を見越しながら術式を吟味することが大切ですし、将来2回目の手術が必要になった場合を考慮して手術を行うようにしています。

――術後のリハビリには、どのようなものがありますか?

肩の人工関節手術をした場合、入院期間は約2週間です。入院中は日常生活ができるところまでリハビリし、退院後は定期的に通院しながら自宅でリハビリを続けていただきます。リハビリの内容は、肩を軽く動かすことから始めて、徐々に強度を高めていきます。

ちゃんとリハビリしていただければ、3ヶ月で元の状態にかなり近づきますが、ご自宅でのリハビリが主になりますので、ご本人のやる気次第で回復スピードや最終的な関節の動き方は変わります。

――私生活で注意する点はありますか?

手術後早期は肩関節を安静に保つ固定装具を装着して、手術した側の肩に負担をかけずに日常生活を行っていきます。特に朝起きるときに手術した側の手をついて起き上がらないようにしたり、重いものを持たないようにしたりするなど、しばらくは肩に負担がかかる危険な動作を避けていただきます。

――最後に、肩の違和感にお悩みの読者にメッセージをお願いします!

肩は関節が大きく動く分、痛みが出てくるとトイレでお尻を拭くときやお風呂で髪を洗うときなど、生活上のちょっとした動きにも支障が出てくるものです。

私たちも手術ばかりではなく、保存的療法も含めて患者さまに合った治療法を考えていきますので、お困りの際はまず病院で相談してみてください。

           

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