記事監修者:松繁 治 先生
膝関節は腱や骨などの組織で構成されており、それらの働きによって膝のスムーズな運動が可能です。膝関節にある膝蓋腱が断裂すると、痛みが出るだけでなく、膝の動きにも悪影響をおよぼします。
この記事では、膝蓋腱が断裂したときの症状や原因、治療方法などについてご紹介します。膝蓋腱断裂について知り、実際に発症した場合にどのような対応をすべきかの参考にしてみてください。
膝蓋腱断裂とは?
膝蓋腱断裂とは、膝蓋骨についている腱が断裂した状態のことです。膝蓋腱が断裂すると「膝伸展機構」と呼ばれる機能が破綻し、膝関節の動きに支障が出ます。
膝伸展機構とは、以下のような組織からできています。1)
- 大腿四頭筋(太ももの筋肉)
- 大腿四頭筋腱
- 膝蓋腱
- 大腿骨
- 膝蓋骨
- 脛骨
これらの組織によって、膝関節をスムーズに伸ばすのをサポートしているのです。また、膝伸展機構は下肢にとっても重要な機能でもあり、その分膝蓋腱にかかる負担が高いとされています。
膝蓋腱断裂の症状
膝蓋腱断裂の症状には、膝の痛みや腫脹などがあげられます。さらに、腱が断裂しているので膝を伸ばすことが困難です。膝蓋腱断裂の症状の一部は、「ジャンパー膝」と呼ばれる疾患と類似しているとされています。2)
ジャンパー膝とは、膝蓋腱の損傷が繰り返されることで発症する疾患で、正式には「膝蓋腱炎」と呼ばれています。ジャンパー膝も、おもな症状は膝の痛みです。3)
ただし、膝蓋腱断裂は腱が断裂した状態のため、腱の損傷であるジャンパー膝とは症状の程度は異なります。
膝蓋腱断裂の原因
膝蓋腱断裂は、以下の疾患が原因で発症しやすいとされています。4)
- 膠原病や関節リウマチなどの自己免疫疾患
- 腎不全や甲状腺機能亢進症などの内分泌疾患
これらの疾患の影響によって腱が骨から剥離しやすくなり、断裂が引き起こされるのです。それ以外にも、事故やスポーツなどによって発症することもあります。ただし、膝蓋腱は非常に強靭な組織なので、事故やスポーツなどによる発症の割合は多くありません。2)
また、40歳以下の症例ではジャンパー膝をともなっているケースが多く、腱損傷が繰り返されたことが断裂の原因とされています。ジャンパー膝はスポーツでジャンプする、走るなどの膝蓋腱に負担がかかる動きを繰り返し行うことがおもな発症原因です。
40歳以上の場合では、加齢によって腱の弾性や血流が減少し、もろくなることが発症のきっかけとされています。4)
膝蓋腱断裂の治療
膝蓋腱断裂は腱が切れている状態なので、薬や運動などを中心とした「保存療法」では対処が困難とされています。そのため、膝蓋腱断裂に対しては手術での治療が中心です。5)
ここでは膝蓋腱断裂で行われる治療の内容について詳しく解説します。
再建術
再建術とは、人工靭帯や他の筋肉の腱を使用して膝蓋腱を補強する手術法です。膝蓋腱が断裂してから時間が経過している場合、この再建術が行われます。
人工靭帯は強度に優れていますが、人工物のため周囲組織と適応しにくく、炎症反応や感染などのリスクが懸念されます。他の筋肉の腱を使用する場合、自家組織なので人工靱帯よりも安全といえますが、強度や耐久性の劣化が課題点です。
このように、腱の補強に使用するものにはそれぞれメリット・デメリットがあるため、断裂の状態にあわせて適切な材料を選択して再建術を行います。5)
修復術
修復術は、断裂した腱を縫合糸やワイヤーで縫合する手術法です。修復術は、膝蓋腱断裂を発症してから時間が経過していない場合に行われることが多いとされています。5)
しかし、もともと膝蓋腱にかかる負担は大きいので、単純な縫合術では十分な強度を得られないことがあります。修復術に加えて、人工靱帯を併用して補強し、強度を高めるケースも少なくありません。
このように、膝蓋腱靭帯では状況にあわせて再建術・修復術いずれかの手術が行われます。
手術後の治療について
膝蓋腱断裂の手術後は、膝の状態にあわせてリハビリを進めていきます。手術直後はまだ膝に負担をかけられないので、荷重制限を守りつつ、痛みのない範囲で可動域を広げる運動を行います。徐々に荷重制限を緩和し、安定して動けるようになったタイミングで退院が可能です。
ただし、自由に動けるようになるまでには2〜3か月以上かかる場合もあるので、焦らずに治療を進めていくことが大切です。6)手術後の治療の流れについては医療機関によって異なるので、プログラムに従って進めていきましょう。
再生医療について
保存療法や手術療法以外の治療として、「再生医療」という選択肢が広がっています。再生医療とは、人が持っている組織を活用して関節や靭帯などを治療する方法です。
血液中の有効成分や「幹細胞」と呼ばれる万能細胞を投与することで、損傷した組織の修復が期待できます。また、再生医療は治療時に身体にかかる負担が少ないのもメリットです。7)
膝蓋腱に対しても、再生医療の恩恵があるという研究もみられています。8)ただし、腱の修復に関しては研究段階にとどまっているという報告もあるため、基本的には手術療法が優先となるでしょう。9)
膝蓋腱断裂の予防法
ケガが原因で発症する膝蓋腱断裂の予防法としては、以下の通りです。3)
- 膝まわりの筋肉の柔軟性を高める
- 左右の足の筋力をバランスよく高める
- 適切なフォームで運動をする
- 適度に休んで膝に負担をかけすぎない
このような対策をとることで膝蓋腱にかかる負担が軽減し、断裂予防につながります。
また、この予防法は膝蓋腱断裂の原因を作るジャンパー膝にも同じことがいえます。とくにスポーツをよくする方は、膝蓋腱断裂だけでなくジャンパー膝にも十分に注意しましょう。
膝蓋腱断裂の特徴や治療のまとめ
膝蓋腱は膝の働きをサポートしている強靭な組織です。膝蓋腱は自己免疫疾患や内分泌疾患の影響で断裂するケースが多いですが、事故やケガによって発症することもあります。膝蓋腱は高い負担がかかる部位でもあり、断裂すると痛みだけでなく、膝の動きにも支障が現れます。また、膝蓋腱断裂で行われる治療は、基本的に手術療法です。ぜひ今回の記事を参考にして、膝蓋腱断裂の特徴や治療法をおさえていきましょう。
医師からのコメント
膝蓋腱断裂は比較的稀な疾患ですが、断裂してしまうと手術が必要になります。痛みが強いためほとんどの方が早期に病院を受診されますが、高齢者や糖尿病などで気がつかずに受診までに時間がかかることもあるようです。
手術は大きくは修復術と再建術に分かれます。特に陳旧例に対して行われる再建術では、ただ縫合しても再断裂してしまうことが多いため、膝蓋骨と脛骨に穴を開け、そこに他から移植してきた腱や人工靭帯を通し、緊張度を確かめた上で縫合や金属で固定するという方法が一般的です。
手術後のリハビリでは、理学療法士に確認してもらいながら、関節可動域や筋力の回復、バランスと安定性の向上を目指します。スポーツへの復帰は、個人差はありますが3−6ヶ月程度を目指すことが多いようです。
【参考】
1)「外傷性膝伸展機構の損傷に対して人工靭帯とFiberWireを用いて補強修復を行った2
例」佐藤 亮祐、小川 貴之、藤井 幸治 他
2)「膝蓋腱断裂の1例」白濱 善彦、平川 洋平、南谷 和仁 他 整形外科と災害外科68(1)146〜149 2019
3)東邦大学|スポーツ整形外科の主な疾患:膝蓋腱炎(ジャンパー膝)
4)「スポーツ選手に生じた膝蓋腱断裂」長尾 秋彦、三浦 一志、久木田 裕史 他 東北膝関節研究会会誌 Vol.16
5)膝蓋腱断裂に対する再建術
6)「健常高齢者に生じた大腿四頭筋断裂の一例」坂本 悠磨、菊池 克彦、太田 昌成 他 整形外科と災害外科69(1)89〜92 2020
7)東京女子医科大学|関節再生医療|人工関節
8)「Platelet-rich plasma in tendon-related disorders: results and indications」Giuseppe Filardo、Berardo Di Matteo、Elizaveta Kon 他
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