医師インタビュー

「変形性ひざ関節症」に対する新しい治療|バイオセラピー(再生医療)の現在地

      

インタビューした医師・専門家

プロフィール
大宮ひざ関節症クリニック院長
東京女子医科大学病院 整形外科非常勤講師
医学博士(東京女子医科大学)
日本股関節学会学術評議員
大鶴 任彦(おおつる ただひこ)

1998年杏林大学医学部卒業後、東京女子医科大学病院整形外科学教室に入局。専門は下肢関節疾患で多くの手術に従事してきた。2018年から大宮ひざ関節クリニックの院長に就任し、バイオセラピー(再生医療)を専門に加え、変形性ひざ関節症に対する新たな保存療法を提供しながら、学会発表と学術論文の執筆を通じて世界中に治療成績を発信している。

変形性ひざ関節症に対する治療は、初期は薬物治療やリハビリテーションといった保存療法、進行期から末期にかけては骨切り術や人工関節置換術といった手術加療が行われる。しかし、手術に伴う社会生活からの長期離脱やさまざまなリスクで、手術に抵抗を感じる人もいるだろう。そのような方に提案したいのが、自分の血液や皮下脂肪から作製される生物製剤を関節内に注射するバイオセラピー。そのバイオセラピー専門クリニックである、大宮ひざ関節症クリニック院長の大鶴任彦医師にお話を伺った。

医師からのメッセージ

心がけているのは、ひざ関節の痛みや違和感に悩まれている患者さまに、MRIで原因をわかりやすく説明すること、この現状にどのような治療方針があるのかを提案することです。バイオセラピーはあくまでも選択肢の一つであり、その長所と短所、複数の治療提案の中の正しい立ち位置をお伝えできるように努めています。

バイオセラピーの医学的根拠をより多く残したい

――大宮ひざ関節症クリニックは変形性ひざ関節症に対して再生医療を行なっているそうですが、先生がこのような治療に取り組まれたきっかけを教えてください。

一般的には「再生医療」と呼ばれることが多いのですが、実際に臓器が『再び生まれかわる』ことはありません。ですからインフォームドコンセント(説明を受け、納得した上で同意をすること)では、正式な呼称である『バイオセラピー』という用語を用いることで、誤認を防ぎコンプライアンスのとれた状況で治療に携われるよう努めています。

バイオセラピーとは、細胞や血液由来製剤といった生物製剤を関節内に注射する治療で、生物製剤が持つ抗炎症作用や組織修復作用によって、関節内環境の恒常性を維持することを目的とした治療です。私は整形外科医21年目の2018年から、研究テーマの一つにバイオセラピーを加えました。

というのもバイオセラピーは新しい治療法ですから、医学的根拠がまだほとんどありません。未開拓の領域が多く残されていることに、研究者の一人として非常に魅力を感じました。現在バイオセラピー専門クリニックで診療をしながら、患者さまから了承を得た上で治療成績を調査し、学会発表や論文の執筆を行っています。

――研究者としてもご活躍の大鶴先生にまずお伺いしたいのは、根本的な疑問です。高齢になると、ひざが痛むようになるのはなぜでしょうか?

ひざは体重がかかる荷重関節で、長年使い続けていると半月板や軟骨が痛んできます。すると、その周囲の滑膜に炎症を起こし痛みを生じます。半月板や軟骨損傷がさらに進むと、そのかけらが関節内にはさまったり、骨同士が当たるようにもなり、さらに痛みは増悪します。

変形性ひざ関節症は、加齢や肥満などによって発症する一次性変形性ひざ関節症と、外傷や感染などをきっかけに発症する二次性変形性ひざ関節症に分類され、患者さまの多くは前者に当てはまります。超高齢社会の日本において深刻な疾患であると言えるでしょう。

――「変形性ひざ関節症」の一般的な治療はどのようなものでしょうか?

一般的に初期は、保存療法として内服やヒアルロン酸注射、リハビリテーションなどが行われます。進行期や末期になると、関節鏡視下(かんせつきょうしか)手術、骨切り術、人工関節置換術といった手術療法が、患者さまの年齢や背景、病状の進行度合いによって行われます。

バイオセラピーは、保存療法の効果がなく手術療法の希望がない患者さまに対して、保存療法と手術治療の間を補完する位置づけとして存在すると考えています。

PFC-FD®治療と培養幹細胞治療

――「変形性ひざ関節症」に対して行う、大宮ひざ関節症クリニックのバイオセラピーとはどのようなものでしょうか?

当院では、PFC-FD®治療と培養幹細胞治療の2つの注射を行っています。

PFC-FD®治療は、まず採血し、その血液を遠心分離して得られる高濃度の血小板が含まれる分画を凍結乾燥させて薬液を作製します。これを関節内に注射することで、血小板内の成長因子やサイトカインの、組織修復や抗炎症・除痛効果を期待した治療です。

培養幹細胞治療は、まず下腹部の皮下脂肪を局所麻酔下で少量(納豆の大粒一粒分)採取し、脂肪内の幹細胞を培養し、薬液を作製します。幹細胞は「分化能(ぶんかのう)」と「自己複製能」を持っています。以前は幹細胞が直接半月板や軟骨に分化(変化)すると思われていましたが、それは間違いであることが立証されています。幹細胞内から放出されるシグナル(エクソソームと言います)に含まれているマイクロRNAが持っている抗炎症作用や組織修復の促進作用を期待する治療です。

近年はPFC-FD®治療後に培養幹細胞治療を追加する併用治療も行われ、相加効果、相乗効果が認められるかを調査しています。

治療効果を引き出す、また維持するためのリハビリテーションに関しては、専属のトレーナーから患者さま個別のオーダーメイドの指導を受けることができます。

3万件以上の症例でバイオセラピーの効果が判明した

――すでにひざ関節症クリニックグループ全体で33,300例もの治療累計があるとのことですが、何か分かってきたことはありますか?

変形性ひざ関節症に対するバイオセラピーの治療の評価は、患者さまが主観的に自覚症状や機能を評価する「患者報告型アウトカム」で行われます。この方法は世界中の病院で用いられています。加えて当院では、治療の客観的な評価の手法として、治療前後の軟骨の厚みや体積の変化をMRIで解析しています。

治療の結果、患者報告型アウトカムは、PFC-FD®治療、培養幹細胞治療、そして両者の併用治療のすべてにおいて、統計学的に有意差を持って数値は改善していました。一方MRIを用いた軟骨の客観的評価は、併用治療のみ、統計学的有意差を持って改善が見られたことが分かりました。

この結果から、バイオセラピーにおいて、幹細胞と血液製剤を関節内に注射する方法は、それぞれ単独よりも併用して行う方が、主観評価、客観評価の両面から効果が期待できる可能性が示唆されました。この非常に興味深い研究結果については、2024年10月に刊行されるメディカルビュー社の『関節外科』という医学雑誌に掲載されるので、ご興味のある方は読んでみてください。 

ただ、この結果には限界もあります。まず解析症例数が少ないこと、短期間の治療成績であること、患者報告型アウトカムのアンケートやMRI撮影にご協力いただいた患者さまのみの解析結果であることから、バイアスのかかった(先入観の入った一方的な)結果である側面もお伝えする必要があるでしょう。

比較的若い患者さまが悩まれる半月板損傷に対する治療成績も調査しました。一般的にロッキング(激しい痛みとともに動かせなくなる状態)を生じた場合、積極的な手術の適応ですが、バイオセラピー治療で痛みだけではなくロッキングも軽減する症例がいらっしゃることが分かりました。この研究結果はすでに論文で発表しています。

――バイオセラピーに興味を持っている方に伝えておきたいことはありますか?

バイオセラピーは保険の利かない自由診療であること、先人が築き上げてきた標準治療である手術療法をしのぐ治療ではないことをご理解いただけたらと思います。しかし、さまざまな理由で手術を受けることができない場合、一選択肢であると考えています。
当院は予約制で待ち時間もなく、しっかり時間をかけてのインフォームドコンセントが可能です。バイオセラピーにご興味ある方のご予約をお待ちしています。

           

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