記事監修者:松繁 治 先生
肩関節の疾患に対する治療として、再生医療が注目されています。再生医療とは、自身の細胞を利用して組織を修復する治療法で、実際に取り入れている医療機関も少なくありません。再生医療はその特性から、他の治療法にはないメリットが数多くあります。
今回の記事では、再生医療の種類や対象の肩関節疾患をご紹介します。再生医療について知ることで、肩のケガに対する治療の選択肢が広がるきっかけになるでしょう。
再生医療とは
再生医療とは、人体の細胞や組織を使用して、損傷した部位の再生を図る治療法です。具体的には、人体から採取した細胞や組織を培養・加工し、損傷した部位に注入することで、機能回復や痛みの軽減が期待できます。
再生医療は自身の組織を利用するので副作用が少なく、安全性が高いメリットがあります1)。その性質から、従来の保存療法や手術療法の中間に位置する新しい治療法といえるでしょう。保存療法では効果がみられなかった方や、手術療法を避けたい方にとっての新しい選択肢となっています。
肩関節の疾患に対する代表的な再生医療
再生医療にはさまざまな種類があり、それぞれ方法や特徴が異なります。ここでは、肩関節疾患に対して行われる代表的な再生医療について解説します。
PRP療法
PRP(多血小板血漿)療法とは、自身の血液内にある「血小板」を抽出して、その成長因子を活用した治療法です。血小板には、損傷した組織の修復を促進する効果があるとされています1)。損傷した部位に注射することで組織の再生が促進され、痛みの軽減や機能回復が期待できます。
PRP療法は、プロのアスリートやスポーツ愛好者に対するケガの治療として、幅広く採用されている実績もあるのです。このように、PRP療法は再生医療のなかでも有名な治療法といえます。
幹細胞治療
幹細胞治療は、「幹細胞」を利用して損傷した組織の再生を目指す治療法です。脂肪や関節内にある幹細胞には自己修復能力が備わっており、さまざまな細胞に変化するのが大きな特徴です2)。
具体的な方法としては、培養して増殖させた幹細胞を損傷した肩関節に注入します。損傷部位に直接注入することで組織の再生が促進され、痛みの軽減や機能の改善が期待できます。このように、幹細胞治療も肩関節の疾患の治療として行われているのです。
PFC-FD療法
PFC-FD療法とは、自身の血液から抽出した血小板を濃縮させて、フリーズドライ加工した治療法です。自己の血液を使用するため、拒絶反応のリスクが少ないのはもちろん、長期的に保存できるのも大きなメリットです3)。実際に使用する場合は、フリーズドライした血小板を解凍して患部に注射します。おもな適応としては、変形性関節症や筋腱・靱帯などがあげられます。
APS療法
APS(自己タンパク質溶液)療法とは、抽出した血小板を利用して、組織の再生の促進を図る治療法です。PRP療法に似ていますが、APSは血小板をはじめとした組織をさらに特殊加工を施して、高濃度に抽出します4)。そして患部に注射することで、関節の痛みや炎症の軽減などが期待できます。
APS療法は、変形性関節症や骨壊死などの疾患がおもな対象です。患部の状態にもよりますが、治療を開始して1〜4週間ほどで組織が修復しはじめるとされています。
再生医療が適応となる肩関節の疾患
再生医療が適応となる肩関節の疾患にはどのようなものがあるのでしょうか。ここでは代表的な肩関節疾患について解説します。
肩関節周囲炎(五十肩)
肩関節周囲炎は通称「五十肩」とも呼ばれており、肩の痛みや運動制限が現れる疾患です。五十肩という名前のとおり、50歳代の方に多くみられやすくなるのが特徴です5)。加齢によって肩関節まわりの筋肉や腱が劣化して、炎症を起こすことで発症します。
発症初期は軽い違和感や痛みを感じることからはじまり、次第に症状が悪化し、日常生活にも支障をきたすようになります。また痛みによって安静が続くと、肩関節の組織が癒着して動きが悪くなりやすいのも注意が必要です。
腱板損傷
腱板損傷は、肩関節をサポートしている「腱板」が傷つくことで生じる疾患です。腱板は、以下の4つの筋腱が集まったものであり、肩の安定性と可動性を担保しています。
- 棘上筋(きょくじょうきん)
- 棘下筋(きょくかきん)
- 小円筋(しょうえんきん)
- 肩甲下筋(けんこうかきん)
腱板が損傷すると、肩を上げたり後ろに回したりする動作が難しくなり、夜間に痛みが強くなります。五十肩とは異なり、肩の動きが制限されにくいのも特徴です6)。損傷のおもな原因には、肩の過度な使用や加齢による組織の衰えなどがあげられます。損傷が進行すると、日常生活に大きな支障をきたしやすくなるので、早期の診断と適切な対応が求められます。
変形性肩関節症
変形性肩関節症とは、肩関節についている軟骨が徐々にすり減って、痛みや可動域の制限を引き起こす疾患です。肩関節の軟骨は、腕をスムーズに動かすための役割があります。しかし、変形性肩関節によって軟骨がすり減ると、骨同士が直接擦れ合うようになり、痛みや炎症が現れます。
発症初期は肩の軽い痛みやこわばりがみられ、進行すると症状が悪化して日常生活に支障をきたしやすくなるでしょう。変形性肩関節症は腱板損傷をはじめとした疾患から派生することもあれば、さまざまな要因が重なって発症することもあります7)。
再生医療を行う際の注意点
肩関節の再生医療を受ける際には、いくつか注意点があります。まず、再生医療はすべての疾患に対して効果がみられるわけではありません。再生医療の効果には個人差があり、症状や状態によっても適応の有無が変わります。症状が悪化している場合、再生医療の効果があまり期待できないケースも珍しくありません。
次に、再生医療のほとんどは保険適用外なので、治療を受ける際に金銭的な負担がかかりやすい点にも注意しましょう。医療機関によって料金は変動しますが、1度の治療で数十万円かかることもあります1)。
さらに、再生医療は比較的新しい治療法のため、実施されている医療機関は限定的です。地域によっては再生医療を受けにくい可能性があります。これらの点を踏まえたうえで、他の治療法との比較も行い、再生医療を検討することが大切です。
肩関節における再生医療以外の治療
肩関節における再生医療以外の治療法としては、保存療法と手術療法があります。ここでは、それぞれの治療法について解説します。
保存療法
保存療法とは、手術以外の手段で痛みや炎症の軽減を目指す治療法です。保存療法の代表的なものは、以下のとおりです。
- 薬物療法
- 運動療法
- 動作指導
- 装具療法
たとえば、変形性肩関節症の患者さんに対しては薬物療法と運動療法を併用するケースが多いといえます8)。薬物療法で痛みを軽減しつつ、運動療法によって肩の筋力や柔軟性を高めて、機能改善を図ります。保存療法の効果は個々の患者さんの状態により異なりますが、適切に実施することで症状の改善が期待できるでしょう。
手術療法
保存療法で効果が得られなかった場合、手術による治療が検討されます。手術によって疾患の根本的な問題を解消することで、痛みの軽減が期待できます。手術にはさまざまな内容があり、そのなかでも代表的なものは「人工肩関節置換術」です7)。
人工肩関節置換術とは、肩関節を人工関節に入れ替える手術で、重度の関節炎や変形が進行した場合に行われます。具体的な例として、肩関節の腱板断裂や変形性肩関節症に対して行われます。人工肩関節置換術にもいくつかの種類に分かれており、症状や疾患にあわせて内容が変わるのが特徴です。手術を検討する際は、メリットとリスクを十分に理解し、医師と相談することが重要です。
肩関節の疾患を治療する際は再生医療の検討を
再生医療とは人体が持っている再生力を利用した治療方法で、肩の疾患に対して行われることがあります。再生医療は保存療法や手術療法とは異なるメリットがあり、今後も治療の新しい選択肢となるでしょう。一方で、再生医療の適応が限られている、保険適用外なので治療費が高くなりやすいなどの注意点があります。ぜひ今回の記事を参考にして、肩関節疾患の治療の際は、再生医療の検討をしてみましょう。
医師からのコメント
再生医療は人によって個人差があります。
ただ一般的には、関節の変形が軽く、軟骨がたくさん残っていたり、靱帯がしっかりしていて、関節が不安定でない方に効果が出やすい傾向にあるようです。
また効果が出始める時期や、効果が続く期間も人によってさまざまです。
一般的には、PRP療法は1週間~6ヶ月で組織の修復が起こり始め、治療後2週間~3ヶ月までには効果が期待できるとされています。またAPS療法では、1週間~4週間ほどで組織の修復が起こり始め、治療後2週間~3ヶ月までには効果が期待できるとされています。
つまり、その効果が永続的に続くわけではないという点には注意が必要です。肩の痛みが出る病気は、加齢が関係していることが多いため、完全に治療ができるわけではないということも覚えておきましょう。
【参考】
1)東京女子医科大学|関節再生医療
2)名古屋大学|脂肪由来幹細胞を用いた再生医療
3)産業医科大学|PFC-FD療法について
4)北里大学|再生医療(PRP療法・APS療法)
5)日本整形外科学会|五十肩(肩関節周囲炎)
6)霞ヶ浦医療センター|腱板断裂(けんばんだんれつ)
7)慶應義塾大学病院|変形性肩関節症
8)横浜市西部病院|変形性肩関節症
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